人材を「資本」として捉え、価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方「人的資本経営」。ESG/SDGs時代のビジネス・マネジメントの必須条件です。しかし単純にガイドライン等への対応を行うだけでは「人的資本」を活かすことはできず、企業や社会、働く人自身にとっての「人材ロス」は改善されません。
人という資源を持続的・循環型に活用するためには、現状維持をやめ、価値観やコミュニケーション、ビジネスモデルを「サステナビリティ」や「サーキュラーエコノミー」へ移行することが求められます。企業や経営者、個人は具体的にどう考え、行動すれば良いのでしょうか。サーキュラーHRでは、プロジェクトのスタートから3周年となる2023年に向け、全3回の連続講座をお届けします。
今回は、2022年5月12日に行われた第1回「人的資本のサステナビリティ」をテーマにしたセミナーのレポートをお届けします。
人的資本を尊重し持続可能な社会へ
稲葉編集長:私たちサーキュラーHRは、人と“はたらく”のあり方を再構築し、「人材ロス」ゼロ社会を目指すプロジェクトとして2020年1月にスタートしました。
近年、「SDGs」の目標達成が叫ばれ、今の世の中の仕組みでは将来社会が成り立たなくなると感じる人が増えています。2021年のダボス会議では『グレートリセット』がテーマとして掲げられました。これはより良い世界を実現するため、世の中の仕組みを一度リセットしようという考え方です。経済サイクルに関しても、持続可能な形にシフトしようとする風潮が広がっています。
これらすべての動きの根幹になるのが「人」ですが、「人的資本」の概念は長らく後回しにされてきました。サーキュラーHRでは、人を中心としたサステナビリティに重きを置き、雇用流動化、プロジェクト型ジョブ、副業・複業、ダイバーシティ、学び直しの5つのテーマで、メディア運営やイベントの開催を行っています。
本日は「人的資本のサステナビリティ」をテーマに、これまでの取り組みを振り返りながら今後求められるアクションを予測していきたいと思います。
広がる人的資本経営
稲葉:まずは2020年以降の社会を振り返ってみましょう。新型コロナウィルスの世界的流行は社会経済に大きなダメージを与えました。一方、テレワークや副業、複業など働き方の多様化が加速した点はプラスの変化として捉えることもできます。
SDGsの概念は、日本では2017年頃から浸透し始め、2019年に入ると飛躍的に認知度が向上しました。「ESG(環境・社会・ガバナンス)」への配慮が企業経営における基本的な考え方に盛り込まれるようになったのも、この頃からです。
きっかけは金融業界からでした。資産運用をする際、企業の財務情報だけでなくESGの要素も投資の判断材料とする「ESG投資」という考え方が機関投資家を中心に普及しました。
また、2015年には金融庁と東京証券取引所が「コーポレートガバナンスコード(企業統治指針)」を共同で策定しました。これは日本企業のガバナンスの底上げを目的に、企業が株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための指針をとりまとめたものです。これらの動きから金融市場にもサステナブルな視点が広がっていることがわかります。
2018年には国際標準化機構(ISO)がISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)を発表し、2020年ごろから実装されはじめています。これを受けて経済産業省も人的資本経営の重要性を打ち出しました。
これらの動きに代表されるように、人的資本経営をベースにした人材活用の考え方が広まりつつあります。
個人の能力を持続的に発揮できる社会にするためには
「ESG」投資や「人的資本経営」の概念が広がることで、一人ひとりが能力を持続的に発揮できる社会は、本当に実現できるのでしょうか。
私たちが直面する課題に目を向けてみましょう。さまざまな調査で、日本企業の従業員エンゲージメントが低く、「今の勤務先で働き続けたい」と考える人、転職や企業の意向を持つ人も少ないという結果が出ています。また、日本企業は諸外国に比べてOJT以外の人材投資額が低く、社外学習や自己啓発を行っていない従業員の割合が高くなっています。これでは人的資本経営も成り立ちません。
「サステナブル」とはよりよい未来を作るために自ら変化すること
そもそもサステナビリティ、持続可能性とは何でしょうか。持続可能な社会とは、今の社会をそのまま持続させることではありません。むしろ現状を否定してトランジション(移行・変化)し、未来に向けて新しい社会を作っていくことです。
「サステナブル」とは、よりよい未来を作るために自らが変化することなのです。強い者が淘汰される社会ではなく、一人ひとりが自分らしく生きられる社会へとシフトする必要があります。
日本企業においても、終身雇用や転勤、異動が当たり前といった時代は終わりつつあります。個人には、自らのキャリアを自分で舵取りすることが求められます。一方、企業側も、多様な個人を「社員」「労働者」という型にはめるような人材育成や、個人の意向を無視した働き方は歓迎されなくなります。
人という資源は、歳を重ねることで経験値が上がり、価値が高まる唯一の資源です。他方、学ばない人は歳をとるだけになってしまう危機感もあります。今後問われるのは、企業と個人がどれだけ学びの機会を増やせるかということです。日本企業では、一度就職すると学び直しの機会が少なく、どう脱却するかが重要なポイントになるでしょう。
最近では「パーパス経営」という概念も広まっています。社会に向けてどうありたいのか、価値判断の基準を明確にすることで、社員もパーパスに照らし合わせ行動することができます。
これまでサーキュラーHRに掲載された記事から、印象的な言葉をご紹介しましょう。
・元ラッシュ人事部長・安田雅彦さん
「働く個人がハッピーであることが大事」
「安心して、『ひとまず働け』と言える会社であること」
「働く人に『価値観の変容』を提供している企業がどれだけあるのか」
「新卒採用、キャリア採用の人材が入り、既存の人材がサンドイッチのように挟まれると、自然に人材が「押し出されて」、動きが出てきます」
人的資本経営の第一歩は「コミュニケーション」
個人の学びの成果を引き出すため、大切なのがコミュニケーションです。個人の価値観や意見に耳を傾ける環境をつくることで、安心安全の場づくりにもなり、企業としての意思表示にもなります。
企業の役割は個人の価値を引き出すことであり、その第一歩が一人ひとりとのコミュニケーションです。コミュニケーションのアップデートなくして人的資本経営なし。今のあり方をもう一度見つめ直して、よりよい働き方を考えていただきたいと思います。
そのためにも、まず「ジェンダーギャップの改善」が大事だと考えます。日本のジェンダーギャプ指数は156カ国中120位で、女性CEOの割合もアジアの中で突出して低いのが現状です。日本では、過去に作られたマジョリティ(男性)に都合の良いルールによってマイノリティ(女性)が虐げられ、評価されない風潮がまだまだ根強くあります。
地球の人口は2050年には100億人に達すると言われています。これからもみなさんと一緒に、100億通りの生き方ができる社会の実現を目指していきたいと思います。
セミナーの最後には、参加者の方々からご質問をいただきました。
参加者:「個人が自分で成長できる会社にする」という考えに共感しました。戦略人事としては具体的にどのようにアクションを起こせばいいでしょうか。
稲葉編集長:人事の課題として、「いかにして人をつなぎとめモチベーションを上げていくか」ということが挙げられます。昇進や待遇だけでなく、存在理由や心理的安全性を示していくことが重要ではないでしょうか。企業が社会に対してどのように貢献していきたいか、明確なメッセージを打ち出すことで、従業員も安心して行動できます。
参加者:従業員のエンゲージメントが低く、「今の勤務先で働き続けたい」と考える人が少ない中で、どのように人的資本経営を実現できるでしょう。
稲葉編集長:「働くこと」の定義に立ち戻ってみるのはいかがでしょう。現代では「働く=企業で働くこと」と考えがちですが、1950年代の日本では、労働者の半数が自営業でした。本来、「働く」とは個人が社会と関わり存在意義を発揮することであり、働くことの多様性(職種多様性)を取り戻していく必要があると考えます。従業員に対しても、個人の良さ・価値を引き出し、社会との関わりに価値を見出せるようコミュニケーションをとることが、人的資本経営の第一歩ではないでしょうか。
次回のセミナーも、詳細が決まり次第お伝えします。
SDGsや人材採用に疑問やお悩みをお持ちの経営者、人事担当者の皆さま、ぜひお気軽にご参加ください!
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