株式会社マザーハウスは、バングラデシュなど発展途上国発のバッグや革製品、アクセサリーの製造・販売を手がけるファッションブランドです。マザーハウスの大黒柱であり、「マザーハウスカレッジ」を運営しながら社内外の人材育成に取り組んでいる山崎大祐さんにお話をうかがいました。
最低年収300万円保証を始めた理由
編集部(以下、――) 「サーキュラーHR」を運営しているWaris社内にも、マザーハウスのファンがたくさんいるんです。最初に、マザーハウス立ち上げの経緯から教えていただけますか?
山崎さん(以下、敬称略):マザーハウスは今年で設立14年目を迎え、スタッフ数も子会社を含めて600人の水準になっています。途上国からのモノ作りを通して途上国のイメージを変えていきたいという想いで、代表の山口絵理子が立ち上げた会社です。そのため良いモノ作りをするための仕組み、例えば、素材の源流に辿って調達したり、自社で工場を運営したりしています。例えばジュエリーなら、採掘場に行って直接購買し、自社工場で研磨や組み立ても行っていて、モノ作りに関わる人みんなに正当なお金が落ちるようにしているのです。
※マザーハウスでは、デザイン性に優れ、購入することが社会貢献につながるバッグやファッション雑貨の企画・生産・販売を行っています。
また途上国だけでなく、日本をはじめとした先進国の販売業界も給与水準の低さが問題になっています。そういった事情に対してアプローチしたい思いに加えて、これからの企業は「セーフティネット」機能を持つべきであると考えていることから、それぞれの国での働く環境を考えているのです。バングラデシュの工場では、従業員に夕食を支給したり、無利子でお金を貸す仕組みや家族手当を設けたりしていますし、日本では賃金レベルを一定以上にする取り組みとして、最低年収300万円を保証するという制度も設けています。
――そういった制度を設けたのには、何かきっかけがあるのでしょうか?
山崎:はい。9年くらい前に、大きなきっかけが2つありました。
1つ目は、あるとき、スタッフが急に何名か辞めてしまったタイミングで、「山崎さんのせいで辞めたと思います」と言われたことがありました。マザーハウスは、VC(ベンチャーキャピタル)など法人のお金は入れない方針。創業からしばらくの間は、「安月給でも想いがあればできるはず」と考えていたんです。でも、想いで耐えられるのは4年が限度ですね。最初はがんばれても、気持ちだけじゃモチベーションがもたないです。
創業当初は、そういうこともわからないままマネジメントをしていて、「山崎さんは自分の価値観ややり方を押しつけている」と言われたんです。みんなにそう言われたので、もっとスタッフのことを考えて組織をつくらなければいけないと思い始めました。
2つ目のきっかけは、店長から「僕はまだいい。でも、下のスタッフが生活していけません。スタッフの給与をなんとかしてください」と言われたことです。それで、当時のスタッフの給与水準(18万円)で生活するというのがどういうことか、自分で実際にやってみたんです。そうしたら、本当に大変で。ランチは毎日牛丼の「並」やかけそば。ペットボトルを買えないのでお茶は水筒に入れて持ってくる、という生活です。経営者としての付き合いもあり、生活するのにどう頑張っても22万円くらいはかかってしまう。自分の価値観でいいと思うものを選んで物を買いましょうと言っている会社なのに、スタッフ自身はそれができないんだということに気づきました。
そんな経験から、年収300万円を最低年収の基準にすることにしたんです。でも、当時の会社の体力からしてすぐ実行しようと思っても先立つお金がない。どうやったら実現できるか計算したら、売上10億円にならないと無理でした。その当時の売り上げが2.5億円くらいで、4倍にしないといけない。これはみんなに言うしかないと思って、「こういうことをやりたいと思っているけど売上10億にならないと無理なんだ」と正直に話したんです。スタッフからは大ブーイングでした。でも何度も説明しながら、時間をかけて環境を良くしていって、4年後に売上10億円を達成したんです。
こうして最低年収300万円も実現することができて、社会的な目標だけじゃなくて自分たちの環境を変えるという目標についても、みんなが頑張ってくれるんだとわかりましたし、働くって人生そのものだなと思いました。SDGsみたいな大きな社会目標ももちろん必要だけど、それ以前に家族や生活の問題で辞めるかどうか考える人が出てくるのは当然のこと。だから、会社がいかに一人一人の人生に寄り添えるのかが大事で、それができれば自然と社会的な目標のためや、WarisがやろうとしているサーキュラーHRみたいなことが実現していくと思っています。
――実際に社員の気持ちになってみる経験をして、それをもとに計算して、社員を説得して、売上を4倍にするって、なかなかできることではないですよね。
山崎:ソーシャルな企業の特徴は「売り上げを伸ばす理由がわからない」とみんなが思ってしまうことなんです。でも、売り上げを伸ばすこと=社会に貢献することなんですよね。一般的な企業では、上から数字の目標が降ってきて、社員がみんな「なんでやらないといけないのか」と思いながら仕事をしている、みたいなことがよくあります。マザーハウスではこれまでのプロセスを経て、「売上を伸ばすことが働く環境を良くすることにつながる」と社員が腹落ちしているから、強いと思います。
マザーハウスが「採用」を行う上で大切にしていること
――マザーハウスの人事はどのような考え方で運営しているのでしょうか?
山崎:本当はあんまり社外に言いたくないんですけど……ある程度会社ができあがったら人事がすべてだと思っているので……(笑)マザーハウスではかなり真剣に、経営者がビジョンを持ってHRにコミットしています。
まず、HRで一番重要なのは採用です。当社では、採用を行う上で決めていることがあります。「その人の人生において、マザーハウスで働く意味があるのか」ということです。人生のうちの数年間を、マザーハウスで過ごす意味があると思う人だけを採るべきだといつも思っています。
そもそも会社には「スキルを持った個人がアウトプットする場所」「一緒に生きていくコミュニティ」という2つの側面があると思います。マザーハウスでは、前者だけでなく後者の価値も大切にしていて、コミュニティに対する貢献ができるかという観点で採用をしています。
家庭もひとつのコミュニティだと思うんですが、例えばお父さんが怒ったらお母さんは「大丈夫よ」となだめる役、というような、スキルではなく人としての価値や役割分担が必要だと思っています。スキルだけを見る企業が多いですが、それは少し違うんじゃないかな、と。仕事人としての存在価値と、コミュニティ人としての存在価値を持っていて、その両方をきちんと言葉で表現できるということが大事で、そういう方を採用しています。
――何だか、山口代表と山崎さんの関係性のようですね。
山崎:僕自身はどちらかというと組織全体を見る役割、会社としての機能とコミュニティのバランスをとることが仕事だと思っていますが、多分それだけではうまくいかないんですよね。山口が強烈にミッションを意識しているからこそ、業績がここまで伸びているし、社会的価値も高まっているんだと思います。
――経営的なビジョンは山口さんからの発信も多いんでしょうか?
外部から見ると、僕が売上責任を負っているように見えると思うのですが、山口のほうが圧倒的に目標にこだわっていますね。例えば、「売上を4倍にする」というのは、組織にとって相当負荷がかかるんですよ。組織だけを見てしまうとできないんです。僕は「みんな大変だったら1年後ろ倒しでもいいよ」と言っちゃうタイプ。そういうとき山口は「(目標を後ろ倒しにするなんて)ありえないでしょう」と言うんですよ。ある意味、山口の方が人の可能性を信じているのかもしれません。苦しいときに「無理しなくていいよ」と言ってしまうと、メンバーはそれ以上伸びないと思うので。
企業が働く人に「価値観の変容」を提供する
――私たちは「サーキュラーHR」という考え方を通じて、「人材という“資源”を消費しない」社会を実現していきたいと思っています。そういった観点から現在の日本を見て、思うことがあれば教えてください。
山崎:例えば大学を卒業したら、一般的にはそこから40年以上の仕事人生があるわけです。そんな中、働く人に『価値観の変容』を提供している企業がどれだけあるのかと考えることがあります。多くの企業が、会社の事業に役立てるための人材育成は行っていても、個人の価値変容のきっかけをつくったり、人生の気づきを与えたりすることはできていないですよね。結果として、人を育てられる会社があまりなくて、ヘッドハンティングで人を採用している。人材は短期では育たないんですが、企業としては短いスパンで決算もあるし、短期的に成果を出さなければならないプロジェクトもあり、人を外から採らざるを得なくなって、悪循環に陥っているように思えます。
マザーハウスは、長いスパンで人を育てることを目指しています。「教え合うこと、助け合うことが大事」「教えることで人は成長する」と言っているので、僕も朝、社内勉強会をやっていますが、そのほかにも、みんながいろいろな勉強会を開いています。研修も人事主導ではなく、社員が主体的にやっています。
また、「ファクトリービジット」という取り組みも行っています。毎年、社員が途上国にあるマザーハウスの自社工場を選んで、工場スタッフの家にホームステイなどをしたりもしながら、工場で一緒に働いてもらいます。その経験を通して、人生観が変わるような衝撃を受けて、自分の生き方が見つかりましたと言って辞めていく社員もいますが、それでもいいんです。20代だと、まだ自分の道が見えてない場合も多いですしね。そうやって辞めていった人は、マザーハウスのことを悪くは言わないです。
――企業の「人を育てる」機能は、どうしたら回復させられると思いますか?
山崎:難しいですね。人材育成は短期的な視点で見るとやはりコストなので、バランスを持ったビジネスセンスが必要だと思います。人材育成の視点を「広く・高く・長く」ということはずっと言っているのですが、やはり先立つものがないと難しい。結局、ビジネスは利益を出して、それをどう分配するかに尽きます。僕は、利益の分配の仕方がその会社の個性だと思っています。現在に投資するか未来に投資するか、社員と株主にどう分配するのか。多くの企業でそのルールが決まっていなくて、短期的になりすぎていたり、株主偏重になっていたり逆にお客様偏重になっていたりすると感じます。そこを変えるためには哲学が必要で、経営者はそこに対して考える軸を明確に持っておくべきじゃないでしょうか?
ただ実際には、人手不足が深刻になっているので、遠からずどの企業もそういうことを考えざるを得なくなると思います。勝ち組の大手企業が高額な給与を提示する中で、僕たちのような中小企業は「価値観」をベースに組織を作っていくしかないんです。これからはみんなが「われわれは働く上で何を大切にしているか」を考える時代になると思います。経営者がどんどん顔を出して「価値観」を語ってほしいですね。
――働く個人は、どんなことを意識したらいいでしょう。
山崎:マザーハウスが抱えている課題のひとつは、仲が良すぎることですね。みんな直接雇用で、どちらかといえば内向きなんです。うちのスタッフも含め、働く人はもっと外に出て、いろいろな人と触れ合う機会をつくったほうがいいと思います。
例えばフリーランスの方はフリーランスマインドを持っていると思いますが、一方で正社員という「セーフティネット」がある状態で働くことが向いている方も多いと思っています。ただ、セーフティネットの中で働いていても、常に自分の可能性やチャンスを意識することが必要です。人間は多面的な存在。会社と別の場所にいれば別の自分が出てくるはずですから、会社の外にも自分の居場所を持ったほうがいいでしょう。
経営者には「哲学」が必要
――「マザーハウスカレッジ」など、社内だけでなく、外部の人を育てることにも取り組んでおられるのはなぜですか。
山崎:ひとつは個人的な理由ですが、自分がダメ人間だからです(笑)遊ぶのが大好きだし、勉強が嫌いで学校の授業はほとんど寝ていました。絶えず責任を負っていないと勉強しないので、自分を変えるためにやっているというのもありますね。
僕は、社会に出たら松下幸之助みたいな方がいっぱいいると思っていたんです。でも、哲学的な議論ができる相手って実はそうそういないんですよね。これからの社会では、会社などの民間団体が大事なセーフティネットになっていくと思っています。だからこそ、経営者はコミュニティに関する哲学を持たなければならないという危機感があって。議論を通じて切磋琢磨できる場が必要だと思ってマザーハウスカレッジを立ち上げました。テーマは今でも自分で考えてやらせてもらっていて、参加者は延べで4000人を超えました。
やってみてわかったのは、価値観でつながるコミュニティの必要性です。スキルアップのセミナーみたいなものは世の中にもありますが、一方で安心して価値観を共有できる場所がないんです。ビジネスパーソンの中にも、「とにかく稼ぐぜ!」みたいな人もいれば、「価値観を大切にしたい」という人もいる。後者のような人たち誰もが安心して話せる場所にするためにはテーマ決めが重要です。そこに集まった人たちが本当の自分に気付けるように、安心して話せるテーマ設定や場づくりを心がけています。
――最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
山崎:僕は「オプティミスティック」(楽天主義、楽天的)という言葉を大切にしています。働き方がどう変わっていくのか、AIの時代になっても職があるのかなど、不安の多い時代ですが、悲観からは何も生まれないと思っています。今、できることに目を向けてほしいですね。最低年収の話ではないですが、いきなりこれまでより高い給与を支払って、いい環境をつくって……ということが難しくても、今できることがきっとあると思います。
経営者やリーダーの方には「信じてみてください」と伝えたいです。僕も経験があるのですが、「これはできないだろう」と考えて性悪説的なシステムをつくってしまうと、スタッフも不信感を抱くという悪循環が起こります。まず信じて任せることが、悪循環を断ち切るきっかけになると思います。
働く個人の方には、「これからは、自分の価値観を理解した人が活躍できる時代になる」ということを伝えたいです。自分の価値観を掘り下げ、それを理解してくれる仲間を見つけてほしい。日ごろ考えていることや、疑問に感じていることを誰かに伝えてみてほしい。そうやってコミュニケーションした先に、「自分はこういうことを大切にしているんだ」「こういう働き方をしたいんだ」という気づきがあります。そして気づいたことを、積極的に発信していってほしいと思います。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 社員に寄り添い、率直なコミュニケーションを通じて働きやすい環境をつくる。
- 会社には「スキルを持った個人がアウトプットする場所」「一緒に生きていくコミュニティ(セーフティネット)」という2つの側面があることを意識する。
- 働く人に「価値観の変容」を提供するという視点を持つ(=人材という“資源”を消費してしまわずに育て、循環させることにつながる)。
- メンバー同士教え合うこと、助け合うことが大切。長いスパンで人を育てる。
- 経営者が顔を出して「われわれは働く上で何を大切にしているか」という価値観を語る。
【プロフィール】
マザーハウス代表取締役副社長/マザーハウスカレッジ代表 山崎大祐
大学卒業後、ゴールドマン・サックス証券入社。エコノミストとして、日本及びアジア経済の分析・調査・研究や顧客への金融商品の提案を行う。2007 年3 月、バイクによるアジア横断旅行の準備のために同社を退社するも、マザーハウス立上げメンバーとして経営に参画することを決意し、取締役副社長に就任。2019年から代表。創業者であり代表をつとめる山口絵理子とは、大学のゼミの先輩・後輩にあたる。
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