「好き」を活かして小さく始める
稲葉:美和さん自身も会社員からフリーランス、そして経営者と大きなキャリアシフトを経験していますが、苦労したことはありましたか?
田中:フリーランスになったときに「私フリーランス超向いてる! なんて楽しいんだろう!」と感じました(笑)私は、人に決められた通りに動こうとすると息苦しく感じちゃうんですね。フリーになると、誰と仕事をするか、どんな案件を受けるか、全部自分で決めていい。自己裁量、自己責任の世界です。その自由度の高さがやりがいにつながったんですよね。会社員だったときは、大きな会社だったこともあって、自分が「パーツの一部」という感じでした。フリーになって、「生きてるな」って思ったんです。その一方、すごく孤独で、動ける範囲が限られるし、自分一人でできることは限られているなと感じました。その後、会社経営をやるようになって、仲間がどんどん集まってきて、そうすると、できることや世界観が広がることを体感できたんですよね。
もちろん、会社員にしかできないこともありますし、どの働き方にもそれぞれの良さがあります。人生は長いので、色んな形態を経験しながら成長できるといいかなと思っています。
稲葉:ずっと会社員として働いてきて、「自律的なキャリア」といわれても、具体的にどうすればいいかわからないという方も多いと思います。何かアドバイスはありますか?
田中:「小さく始める」のが一番いいのかなと思っています。例えば、私は会社員時代にNPOでプロボノとして広報や協賛営業をやっていました。プロボノなのでお給料は出ないんですけど、すごく勉強になりました。広報のノウハウやSNSの使い方、企業向けの営業資料の作り方など、新しいスキルを学ぶこともできましたし、人脈も広がりました。
そういう人的資産って、新しいチャレンジをするときの支えになるんです。Warisを始めたときも、プロボノで知り合った方々が助けてくれました。今すぐ報酬につながるものでなくてもいいので、まずはご自身の就業時間後や週末にできるようなことからやってみたらいいと思います。
人材は「ストック」ではなく「シェア」の時代になる
稲葉:企業の経営者や人事担当者は、人材活用についてどんなふうに考えればいいでしょう?
田中:人材は「ストック」ではなく、「フロー」かつ「シェア」の時代になっていきます。優秀な人材を囲い込むのではなく、シェアする方向に変わっていくと思います。これからは、人材のグラデーション化を受け入れる企業が生き残っていくのではないでしょうか。「生え抜きの正社員男性、フルタイム勤務」という人材像だけではなく、「時短正社員」「フリーランス」「契約社員」「派遣社員」「正社員だけど副業をやっている」……など人材の「まだら模様」を良しとしていかないと、人材活用が難しくなるのではないでしょうか。
今、ものすごい勢いで出生数が減っているので、離職期間や障害を理由にすることなく、多様な人材を取り入れていくことが求められると思います。
稲葉:SDGs的にいうと「誰一人取り残さない」ということですね。多様な人材の活用に関連して、今気になっているテーマはありますか?
田中:地方と東京の差は感じています。東京には多様性に応じたマッチングサービスがありますが、地方にはまだないのが現状です。「誰一人取り残さない」という意味では、地域差も考慮に入れながら進めるべきだなと思っています。ただ、やはりどうしても仕事は東京に集中するので、東京の仕事を地方在住の方がリモートで受けるなど、リモートワークを活用した仕事の在り方を考えることはすごく意味があると思います。
稲葉:ビジネスチャンスや企業側の人材活用チャンスがまだまだ眠っているともいえるかもしれないですね。
田中:そうですね。個人の側からもチャンスといえると思います。地方の行政関係の方にお話を聞くと、地方の企業で経営者の右腕になって戦略を練れるような人がなかなかいないそうなんです。UターンやIターンで移住してきてもらうのもハードルが高い。リモートワークを利用して、東京在住のスキルを持った方が活躍することも、これから求められるのではないでしょうか。
稲葉:Warisには、北海道や福岡で働いているメンバーがいますし、日常的にリモートワークを活用しています。そういった働き方も、地方の企業が人材活用を考える上でヒントになりそうですね。
田中:私たちは「Waris的な働き方」という言い方をよくしますが、それは一部の人のためのものではなく、誰にとっても柔軟性の高い働き方の必要性が増していくと思います。すべての人が自由に働き方をチョイスできるようにしていきたいですね。
企業とフリーランスは対等なパートナー
稲葉:働き方が多様化していく時代、経営者として組織をまとめていく上で、どんなことがポイントになると思いますか?
田中:「対等なパートナーである」ことはWarisが大切にしているポイントです。Warisにも多様な雇用形態の方がいて、それぞれのご事情や、担当いただく業務内容にあわせて契約をしています。どの方とも「雇う側」「雇われる側」という上下関係ではなく、対等なパートナー、仲間として一緒に仕事をするというスタンスで、社内イベントにもお誘いしています。
そういう企業側の姿勢は、例えばフリーランスの方とお仕事をする場合にも、必ず相手に伝わります。下請けの業者さんみたいな扱いをされて、気持ちいい方はいないですよね。経営者としては「フェアネス」「パートナーシップ」を意識することが重要だと思います。
稲葉:Warisは、3人の経営陣がそれぞれ別の都市に住んでいるというのもユニークですよね。
田中:そうですね。例えば創業メンバーの河は、家族で福岡に住んでいます。米倉も、パートナーの転勤でベトナム在住。移住の相談を受けたときには、「お子さんも小さいし、一緒にいた方がいいよね」と自然に話ができました。決して特別なことではなくて、個人の事情を尊重して、経営もリモートでやるというようなことはもっと当たり前にしていきたいです。
稲葉:美和さんのフェアネスや、パートナーシップについての価値観は、どこから来ているのでしょう?
田中:私がいた出版業界は、フリーランスで活躍する方が多い業界です。編集者として記事を任されたら、例えば一度に10人のフリーランスの方をディレクションすることもあります。今でいう「プロジェクト型ジョブ」のマネジメントのようなことを経験していたんですね。いわゆる上司と部下ではないので、対等な立場でお話ししながら、フリーランスの方に気持ちよく、最高のアウトプットを出していただくことがとても重要なんです。
実は、できるフリーランスって「感じのいい方」が多いんです。そういう方々とお付き合いするにあたって、自分自身も丁寧な対応を心がけようと思いましたし、対等な立場での関わり方、お願いの仕方など、学ぶことが多かったです。
稲葉:できるフリーランスに「感じのいい方」が多いって面白いですね。
田中:フリーランスとしてやっていく上で、意外と「感じのよさ」って一番大事なんじゃないかと思っています。スキルがあることは大前提として、誰しも感じのいい人と働きたいじゃないですか。プロジェクト型ジョブなら、誰と一緒に働くかを選べるので、当然の心理です。でも、実はそれって正社員や、ワークアゲイン人材も同じだと思うんです。「この人素敵だな」と思う人には、エージェントもほれ込んで「応援したいな」と思うんですよね。
稲葉:その「感じのよさ」をつちかうには、どうすればいいんでしょうね。
田中:あるとき、フリーランス協会理事の中山綾子さんに、「フリーランスとしてやっていく上での秘訣はなんですか?」と聞いたことがあるんです。そのとき綾子さんが「いつも楽しそうにしてること」と仰ったんです。実際、綾子さんはいつ会っても楽しそうなんですよ。「感じよくする」のは難しくても、「楽しそうにする」なら、できそうな気がしませんか? 人間だから、落ち込むとき、不機嫌なときもあると思うんですけど、少なくともお客様と接するときには「楽しそうにする」といいかもしれないです。
また、別のベテランフリーランスの方は、「自分で自分のご機嫌をとることが大事」と仰っていました。そうやって、自分のマインドをコントロールする、よい状態を保つことも、プロフェッショナルのスキルのひとつだと思います。
稲葉:最後に、これからWarisの事業を通じてどんな社会を実現したいと考えていますか?
田中:自分が生まれ育った社会だから、日本が元気でハッピーな状態であってほしいと思っています。そのために、より「めぐる社会」にしていきたいですね。人材を活かし尽くす、一人も取り残さないということが大事だと思うんです。どんな方にも、適した仕事が必ずある。業務のボリュームや内容を見きわめれば、お任せする方法がきっと見つかります。
Warisの事業はプロフェッショナル人材やワークアゲイン人材に特化していますけれども、日本社会全体としてリソースをフルに活かすことが理想だと思っています。まだ活かし切れていない人材が日本にはたくさんいらっしゃるので、そういう方々が活躍できるような社会にしていきたいですね。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 複業やプロボノは、「好き」を活かして小さく始める。新しいスキルや人脈を育てることができる。
- 人材は「ストック」ではなく、「フロー」かつ「シェア」の時代になっていく。
- 地方と東京の格差に、ビジネスチャンスや企業側の人材活用チャンスが眠っている。
- 企業とフリーランスは対等なパートナー。経営者は「フェアネス」「パートナーシップ」を意識する。
【プロフィール】
株式会社Waris代表取締役/共同創業者 田中美和
国家資格キャリアコンサルタント。1978年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、2001年に日経ホーム出版社(現日経BP社)入社。編集記者として働く女性向け情報誌「日経ウーマン」を担当。取材・調査を通じて接した働く女性の声はのべ3万人以上。女性が自分らしく前向きに働き続けるためのサポートを行うべく2012年退職。フリーランスのライター・キャリアカウンセラーとしての活動を経て2013年株式会社Waris設立。著書に『普通の会社員がフリーランスで稼ぐ』がある。一般社団法人「プロフェッショナル&パラレルキャリア フリーランス協会」理事。講談社ミモレにて『100年時代のキャリアデザイン』連載中。
サーキュラーHR~「人材ロス」ゼロ社会を目指して~
Warisプロフェッショナル~ビジネス系・女性フリーランス × 企業のマッチングサービス~ https://waris.co.jp/service/waris-professional
Warisワークアゲイン~女性のための再就職支援サービス~
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