1965年の創業以来、職人の技が光る革製品が多くの人に愛されている「土屋鞄」。そのグループ会社では、主力商品であるバッグやランドセルのほかにも、アクセサリーやガラスの工芸品など、さまざまなものづくりを手がけています。
土屋鞄を運営する株式会社ハリズリーでは、グループ内で人材の流動性を高めたり、革製バッグのリユース事業をスタートしたりと、人や製品が循環する「サーキュラー」な取り組みを次々にスタートさせています。
次の50年も進化を続けるために、何を守り、何を変えていこうとしているのか。「人事」の切り口から、株式会社ハリズリー執行役員の三木芳夫さんにお話をうかがいました。
創業56年。挑戦を続ける老舗鞄メーカー
稲葉編集長:はじめに、土屋鞄のことを教えてください。
三木芳夫さん(以下、敬称略):創業者の土屋國男は、もともとランドセルを作る職人でした。東京の下町にある工房で、数人の仲間とランドセルを作り続けていたのですが、なかなか思うように広がりません。息子であり、現社長の土屋成範は、親父さんの作ったランドセルをいろいろな人に見てもらいました。すると、皆が口をそろえて「親父さんはめちゃくちゃいい腕を持っている」と言ったのだそうです。
良い品物が、なぜもっと売れないのか。品質の高さや、職人が持っている技術の素晴らしさを伝えるため、まだ日本でSNSが普及していなかった時期にFacebookやInstagramを始めたり、いち早くオンラインショッピングモールを活用したりしてきました。新しいプラットフォームや技術を活用しながら、会社を成長させてきたという経緯があります。
稲葉:三木さんが執行役員をつとめている株式会社ハリズリーでは、土屋鞄のほかにも、いろいろなモノづくりのブランドを運営していますね。
三木:ハリズリーでは、土屋鞄製造所の経営を通じて培ったノウハウを土台に、自社ブランドの運営や老舗企業への支援を行い、「温故創新で、つかい手も、つくり手も豊かにする」ことを目指しています。私が代表をつとめている株式会社キューでは「BRILLIANCE+ 」というブランドを運営しています。ダイヤモンドジュエリーの販売や、ブライダル事業も行っているんですよ。
稲葉:三木さんはハリズリーに入社する前、ブライダル業界で働いていたのですよね。
三木:そうですね。新卒で入社したのはブライダルの会社です。「人」の魅力によって事業が成り立っていたため、とにかく「人」を大切にする会社でした。その経験が、今土屋鞄で担当している人事の仕事にもつながっていると思います。
人材の流動性を高めるため、既存の人材を「サンドイッチ」のように挟む
稲葉:ハリズリーや土屋鞄は「ものづくり」の会社というイメージがありますが、製品を作る職人さんや販売する方をはじめ、実は人がいなければ成り立たない事業とも言えますね。
三木:土屋鞄がまだ小さい会社だった頃は、同じところで寝泊まりする「ファミリー」的な雰囲気があったようです。会社が大きくなった今も家族的な価値観は残っていて、社長は日頃から「気の合う仲間と、自分たちが意義を感じる仕事をする」ことが大切だと言っています。
稲葉:私たちが運営するサーキュラーHRというプロジェクトでは、人を使い捨てにしない社会の実現を目指しているのですが、日本企業の家族主義には、人を大切にする伝統もありますよね。同時に、昔ながらの家父長制や終身雇用ではない、時代に合った「新しい家族主義」が求められているのかなという印象も持っています。
三木:そうですね。ハリズリーでも企業と個人のゆるやかな関係性、心地よい距離感を実現したいと思っています。働くことに対しても、人それぞれ多様な価値観がありますし、ライフステージに合わせて望ましい働き方も変わります。ハリズリーではコロナ禍以前からリモートワークを導入していましたし、コアタイムなしのフルフレックス制、短時間正社員など、働き方の選択肢を増やす制度を整えてきました。
そのほか、「コミュニケーションデザイン課」という部署を立ち上げて、人材の社内マッチングのような取り組みも始めています。部門を超えてコミュニケーションをとり、社外に公表している求人をグループ内に展開しマッチングするのです。転職しなくとも、よく知っているカルチャーの中で希望する仕事ができるようになればラッキーですよね。同時に、独立したいメンバーへの支援も積極的に行っていきたいと考えています。
稲葉:社内公募制度では、人材の流動性をどう高めるかも課題になります。
三木:この2年間、当社では新卒採用に注力してきました。キャリア採用メインに舵を切る企業も多い中、一定のビジネススキルを持つ人材を自社で輩出できる体制を整えることが、価値になると考えているからです。新卒採用、キャリア採用の人材が入り、既存の人材がサンドイッチのように挟まれると、自然に人材が「押し出されて」、動きが出てきます。そこで新しい役割にチャレンジする機会を用意しておけば、組織内で人材の循環が起こりやすくなると考えています。
稲葉:人材を社内に留めながら、新しい人的資源価値を獲得する機会を提供していく、同時に組織としても成長や拡大を目指せるというすばらしい取り組みですね。働いている社員さんたちも企業も常に変化していける施策だと思いますので、上手く機能すれば多くの企業の参考になると思います。
リユース事業が、スタッフのモチベーションアップにつながる
稲葉:お話をうかがっていると、ハリズリーはものづくりに興味がある人たちが働く上で、かなり満足度の高い会社なのではないかと感じました。
三木:そうですね。ものづくりの企画から製造までを一貫して行っているので、仕事を楽しんでいる人は多いと思います。
2021年10月から、古くなった当社の革製バッグを無料で引き取り、職人が修理して販売するというリユース事業を始めました。土屋鞄ではもともと、使わなくなったランドセルをミニチュアにリメイクしたり、ペンケースやパスケースに作り替えたりする事業を行っています。バッグのリユースも、SDGsへの関心の高まりを受けたサステナブルなプロジェクトの一環ですが、実は現場のスタッフにとっても、機会提供やモチベーションアップにつながると考えているんです。
稲葉:興味深いですね。すぐに壊れるものを作って新たに購入してもらうという事業モデルでは、社員も自社の製品に自信が持てません。一方で、修理しながら長く使えるものを作り、販売しているとなれば、社員のモチベーションも自然に上がりそうです。事業のサステナビリティと、組織のサステナビリティがつながっていくという、本質をとらえていると思います。
三木:今回、お客様のご家庭で使わなくなった古いバッグを引き取らせていただいたのですが、1ヶ月間で100点を目標としていたところ、5倍以上、550点もの製品が集まりました。中には、お手紙を添えてくださったお客様も多くいらっしゃいました。「ライフスタイルの変化で使わなくなったけれど、職人が心をこめて作ったものだから捨てるのは忍びなかった。土屋鞄の職人がもう一度手をかけて修理し、誰かにもう一度使ってもらえるのなら、いい機会だと思い手放すことにしました」というようなお手紙もありました。
そうなってくると、引き取った鞄の包みを開ける作業自体が、スタッフにとっても宝探しのようになってくるんです。現在は作られていない、廃番になった製品が出てきて歓声が上がったり、何気ない日常業務の中に、未来へと続く意味が生まれてきます。職人にとっても、技術を磨き腕をふるう新たな機会となるでしょう。
稲葉:一般的なビジネスは、作って販売して終わり、という直線的なものです。けれど、リユースによって製品やお客様の声が戻ってくる、製品や技術が受け継がれていくという循環が生まれれば、スタッフのやりがいにもつながりますね。
三木:日本の製造業が伸び悩んでいる状況の中、リユースやリメイク、リペアは、現状を打破するためのキーワードになるのではないでしょうか。私たちも海外のブランドからインスピレーションを得て、リユース事業を始めました。国内のブランドにも、私たちのやり方をどんどん真似してもらえたらいいなと思っています。
これからの人事に求められる「キュレーション力」
稲葉:三木さんは「人事」という枠にとらわれず、幅広い事業にかかわっておられます。これからの人事やHRに求められる役割は、どんなことだと思いますか。
三木:一番しっくりくるのは「キュレーション力」でしょうか。たとえば私の場合、学生たちのような若い世代に会い、現場に足を運んで職人とコミュニケーションをとり、経営陣とも話をします。自然と集まってくるたくさんの情報の中から何を選び、どう表現して、社会に対して見せていくのか。舵取りのような役割を果たしたいと考えています。
稲葉:従来の、いわゆる労務的な人事とは少し違う、新たな人事の役割ですね。
三木:若い世代ほど、大量生産のものではなく、作り手の想いが感じられるものを選んで購入するという価値観が広がっていることも、学生たちと話をする中で実感したことです。そういった情報が、リユース事業をスタートするひとつのきっかけにもなりました。
稲葉:今後、ハリズリーはどんな組織を目指していくのでしょうか。
三木:スタッフにとって安心して働ける、「あの会社で働けるなんてすごいね」と言ってもらえるような組織をつくっていきたいですね。スタッフが誇りを持って働ける会社であれば、提案するサービスも自然と良いものになりますし、お客様からの評価やブランド力の向上につながっていくと考えます。そういった意味で、スタッフを「真ん中」に置いた会社づくりを目指しています。
稲葉:今日は貴重なお話、ありがとうございました。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 土屋鞄では、製品の品質の高さや、職人が持っている技術の素晴らしさを伝えるため、いち早くSNSやオンラインショッピングモールを活用し、会社を成長させてきた。
- 新卒採用、キャリア採用の人材が入り、既存の人材がサンドイッチのように挟まれると、既存の人材が「押し出されて」、組織内で人材の循環が起こりやすくなる。
- 土屋鞄では、サステナブルなプロジェクトの一環として始めた革製バッグのリユース事業が、スタッフの機会提供やモチベーションアップにもつながっている。
- これからの人事担当者に求められるのは、集まってくる情報の中から何を選び、どう表現するかという戦略を立てる「キュレーション力」である。
【プロフィール】
株式会社ハリズリー 執行役員 人事管掌
三木芳夫
2019年、ハリズリーおよび土屋鞄製造所の人事管掌執行役員として入社。ホールディングス全体の人事戦略に関する方針出し、グループの人事全般に関する企画・管理をリード。2020年10月土屋鞄製造所コミュニケーション本部長、2021年7月、キュー代表取締役、同年9月一創取締役に就任。
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