ウォルマート(西友)の執行役員 シニア・バイス・プレジデントや外資系企業の日本法人社長など、小売・流通業界の役員やトップを歴任されてきた中村真紀さん。コロナ禍を機に独立し、東京から福岡・糸島に移住。現在はビジネスやソーシャル、地域活動など多岐にわたる活動に挑戦されています。
移住を決断した経緯とキャリア観、女性リーダーとして今考えていることをうかがいました。
社長を退任して糸島へ移住。複数の仕事を掛け持つ“ポートフォリオワーカー”に
──中村さんは2020年に前職の代表を退任され糸島へ新たな拠点を移されました。現在のお仕事は?
中村さん(以下、敬称略):東京から糸島に移住して「誰もが、ありのままで生き生きと笑顔で活躍できる社会づくり」を目指す「株式会社まんま」を2020年9月に立ち上げました。
主な仕事は個人向けのコーチングや法人向けの企業研修、コンサルティング、経営アドバイザーなどで、サツドラHDの社外取締役も務めています。昨年9月には糸島のビジネスパートナーと「糸島の顔が見える本屋さん」をオープンしました。
中村:そのほかにも、地元のコミュニティラジオ「ラヂオいとしま」でパーソナリティをしたり、糸島産のぶどうでワインをつくるプロジェクトの世話人を務めていたりもしますが、これは基本的に無給のお仕事です。
糸島に移住して、複数の仕事を掛け持つ「ポートフォリオワーカー」という働き方をはじめました。一つの仕事にフルタイムで関わるのではなく、経験を活かして収入を得る仕事と、収入はないけれど自分の生きがいが感じられる仕事を組み合わせて、自分らしく働きたいと思っています。ですから、今後の興味や関心によってポートフォリオも変化していくかもしれません。
──中村さんが糸島に移住されたきっかけは何だったのでしょうか。
中村:私よりも前に糸島に移住した友人がいるのですが、SNSの楽しそうな投稿が気になって、2016年に初めて旅行で訪れました。以来、糸島の居心地の良さと面白さに惹かれ、月に一度のペースで訪れていました。
転機になったのはコロナ禍です。2020年4月の緊急事態宣言以降、東京と糸島の行き来ができなくなり“糸島ロス”になってしまったんです。そこで、翌月には移住を決意して糸島の物件を見つけ、6月からは東京と糸島との二拠点生活をスタートしました。
中村:糸島はすごく居心地がよかったんです。勤めていた外資系企業の日本法人代表を退任したのが9月、東京の住まいを解約して完全移住したのが12月です。特に大きな展望があったわけではなく、直感に突き動かされたという感じです。
もともとは東日本大震災が大きな転機でした。以前は仕事一辺倒の企業人でしたが、2015年以降、週末を使って陸前高田での英語ボランティア活動に参加してきました。震災やコロナ禍をきっかけに、世の中の価値観が大きく変化しましたよね。変化に合わせて自分自身の生き方も見つめ直していたことが移住の理由です。
以前働いていたウォルマートでは、仕事をしながら週末にボランティアやNPOなどの地域活動に携わる文化が当たり前にありました。自分も挑戦したいけれど、どうしていいかわからないときに震災を経験して「自分には何ができるんだろう」と考え、行きついたのが英語だったんです。
陸前高田で得たものは、地元の魅力的な方々との出会いです。わずか人口2万人の街で、震災の傷跡もまだまだ生々しい中、英語の音読会に来る人ってちょっと変わり者じゃないですか?(笑)東京に比べてコミュニティは小さいですが、面白い人に出会う確率が高いなと感じました。
糸島も同じです。人口10万人の糸島市では、ユニークな人同士がどんどん繋がって一緒に面白いことをしようとしています。東京は人が多い分、埋もれてしまって同志を見つけるのはなかなか難しいのかもしれません。小さな集団に飛び込んだ方が新たなご縁が生まれるんだと地方での活動で体感しました。
自分の人生を豊かにするために、興味ある場所へ一歩踏み出す
──中村さんのお話をうかがって、ライフシフトやパラレルキャリアを実現するには、自分のエゴともいえる内的動機に向き合うことや世の中の変化を感じ取ること、思い切って行動するチャレンジ精神が必要だと感じました。
中村:私の場合は、糸島に通い出して地元の人と仲良くなり、どんどん縁が広がっていきました。興味ある場所があるなら、まずは実際に訪れてみるといいと思います。それなら会社を辞めなくても週末を使ってできますしね。現地に行ってみないと自分に合うかどうかはわからないし、一歩踏み出すと自分の内的動機もよりクリアになってご縁もやってきます。
──頭で考えたり悩んだりするよりも、体感することが大事ですね。
中村:自分が「楽しい」と感じられるものを見つけにいくといいと思います。楽しくないと長続きしませんからね。
──昨今、会社以外のコミュニティを持たない人が世の中から孤立してしまうという課題をよく聞きます。中村さんは社外取締役も務められていますが、人材の対流をどう生み出していけばいいとお考えですか?
中村:日本のジェンダー史を振り返ると、ある意味男性も犠牲者なのかなと思います。かつて男性は「一家の大黒柱」として家族を養い、昇進することがよしとされてきました。その風潮の裏側で、自分が本当にやりたいことを押し殺してきた人も多いのではないでしょうか。家族や会社のために頑張ってきたのに、退職したら孤立してしまうのはなんだか気の毒ですよね。
自分自身の人生を豊かに生きるためにも、自分らしくいられる物事や、子供のころに興味関心があったことに立ち返って追求してみてもいいのかもしれません。
──エゴ、内的動機は人それぞれ持っているはず。年齢に躊躇せず、自分らしい生き方を見つけにいくのがいいのかもしれません。糸島でそのような生き方、働き方を実践されている方はいますか?
中村:糸島は好きなことを仕事にしている人が多い印象を受けます。私の周りでも、東京の仕事に馴染めなかった若者が、今、糸島で大工の見習いとして働き、とても生き生きしています。同年代の仲間もできたみたいで、自分ごとのようにうれしいです。会社員の仕事が自分に合っているならいいですが、全員がサラリーマンに向いているわけではないですしね。
中村:東京では会社組織で生きることに固執してしまう人も多いですが、今いる場所が全てではありません。趣味や地域活動、ボランティアのように仕事以外のコミュニティに所属することで、視野も広がるし、生きる上での安心感が生まれるように思います。
──東京は人口が多い反面、働き方の多様性は案外乏しいのかもしれません。
中村:職業の多様性は地方のほうが豊かです。糸島にも小さな事業を営む方がたくさんいて、それぞれ自分らしく幸せそうに働いています。地域に限らず自分らしい働き方、生き方を実践する人がもっと増えていけばいいですね。
社会にとってどうありたいか?企業の存在理由を問い続ける
──企業のCSR、ソーシャルアクションについてもお聞きしたいと思います。ウォルマートはビジネスとソーシャルの両立が得意な会社という印象がありますが、どのように推進されていましたか?
中村:ウォルマートの動きは早く、2005年からサステナビリティ活動に取り組んできました。ウォルマートが素晴らしいのは、どうすれば消費者により豊かな生活を提供できるかを本質的に問いかけてきた点です。
企業の使命は変わりゆく社会課題に立ち向かうことでもあります。自分たちの会社が何のために存在しているかを常に問い続けることが大切ではないでしょうか。
昨今、短期的な株主利益ばかりを追求する会社も散見されますが、これでは本末転倒です。利益や売上はあくまでも会社が持続するための手段です。もっと本質的に企業の存在理由を捉えることができたら、自分たちらしい社会問題の解決方法も見えてくるのではないでしょうか。
──先ほどの個人のエゴ、内的動機の話にも通じます。最近ではパーパスがトレンドになっていますが、創業の発端こそ創業者の熱意から生まれています。
中村:売上ばかりに目を向けていると、視野が狭くなって創業時の想いを忘れてしまうんですよね。地球環境が悪化したら企業自体も成り立たなくなってしまいます。原点に立ち返ればSDGsにもごく自然に連動すると思います。
女性がリーダーになることの面白さを伝える
──中村さんご自身、長きにわたって女性経営者として活躍されてきました。女性リーダーを経験された中村さんから、働く個人に向けてアドバイスはありますか?
中村:日本ではまだまだ女性管理職は少数です。私が実際その立場になって実感したのは、リーダーになることの面白さを教えてくれる女性がまだまだ少ないということでした。男性の場合は、ゴルフや飲み会などでリーダーの面白さや心構えが情報共有されるようですが、いわゆるアンオフィシャルな女性向けのリーダー教育が少ないと感じます。
──確かに知見の共有や女性のメンターはまだまだ少ないです。男性上司からのフィードバックや、コミュニケーションの方法も見直す必要があるのかもしれませんね。
中村:女性は管理職を敬遠しがちですが、やってみたら自分の成長にもなりますし、もったいないなと思います。若いうちからマネジメントやリーダーシップに興味を持つきっかけがあれば、女性の管理職ももっと増えるのではないでしょうか。今は少数でも、マジョリティになればパワーが生まれ、社会もよりよい方向に向かうと思います。
──最後に、中村さんの今後のご活動を教えてください。
中村:糸島産ぶどうを使ったワイン作りに関しては今年からプロジェクトを本格化させていくところです。今後、クラウドファンディングなどを活用して支援の輪を広げていけたらと思っています。
糸島の本屋は市外や県外から来てくださるお客様も増え、コミュニティの形成にも役立ち始めています。これからも街の開かれた本屋として積極的に役割を果たしていきたいと考えています。糸島に来られた際にはぜひ立ち寄ってみてくださいね。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 中村さんは糸島に移住し、一つの仕事にフルタイムで関わるのではなく、経験を活かして収入を得る仕事と、自分の生きがいが感じられる仕事を組み合わせた「ポートフォリオワーカー」として働いている。
- 東京は人が多く、同志を見つけるのが難しい場合もある。一方地方では、コミュニティは小さいが、職業の多様性が豊かで、飛び込んでみると新たなご縁が生まれることも多い。
- 趣味や地域活動、ボランティアのように仕事以外のコミュニティに所属することで、視野が広がり、生きる上での安心感が生まれる。・日本では、リーダーになることの面白さを教えてくれる女性がまだ少ない。若いうちからマネジメントやリーダーシップに興味を持つきっかけがあれば、女性の管理職も増えていく可能性がある。
【プロフィール】
株式会社まんま 代表取締役 中村真紀
1964年生まれ。早稲田大学第一文学部社会学専修卒業後、1987年に(株)西友に入社。2000年に1度退職した後、2002年にウォルマートとの業務提携に向け準備中だった、同社に再入社。2003年から2004年の約1年、アーカーソン州ベントンビルのウォルマート本社で西友からの研修生1号として、商品本部で研修したのち、西友に戻り、商品部の様々なポジションを経験しながら、ウォルマート流商品政策を西友に定着させる活動を推進。2009年、SVP執行役員商品本部長、2012年、惣菜の企画・生産・開発の子会社(株)若菜社長に就任。2017年には、日本マクドナルドのSCMを一手に引き受けるHAVIサプライチェーンソリューションズ合同会社社長。コロナをきっかけに2020年に福岡県糸島市に移住、独立。現在は、糸島市中心部の商店街でビジネスパートナーと本棚シェア型本屋、「糸島の顔がみえる本屋さん」を運営。他に、コーチング、経営アドバイス、女性管理職支援、地域活性化の活動など様々な活動を行っている。
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