英国で生まれたナチュラルコスメブランド、LUSH(ラッシュ)。人や環境に配慮した倫理的な経営を理念として掲げ、社会課題と真摯に向き合っていることでも知られています。
2020年、LUSHではD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の観点から一部の商品名を変更するという決断をしました。
さらに2021年には、一部のSNSからサインアウトし、利用をやめると発表して話題になっています。
これらの決断は、どんな組織文化の中から生まれてきたのでしょうか。ラッシュジャパンのManu People Support(工場人事)マネージャー、 Learning Hubマネージャーをつとめる戸川晶子さんにお話をうかがいました。
対話を通じ、誰もが自分らしくいられる環境を作る
稲葉編集長(以下、敬称略):2年前、当時ラッシュジャパンの人事部長だった安田雅彦さんにインタビューさせていただきました。「人材はビジネスのためのキードライバー」とおっしゃっていたことが印象に残っています。
D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)について、LUSHではどのように考えているのでしょうか。
戸川晶子さん(以下、敬称略):2020年5月、アメリカで、黒人男性が警察官からの暴行で命を落とした事件を契機に、人種差別に抗議するブラック・ライブズ・マターが世界へ広がりました。このことをきっかけに、ラッシュ社内でも、あらためてD&Iに向き合い、意識が変わったと感じています。
ラッシュには、もともと人を大切にしてきた土壌があります。人種や学歴、セクシュアリティなどを問わず、ラッシュで働きたいという方であればお迎えして、共に成長したいというのが基本的な考え方です。ところが、イギリスのラッシュのメンバーがあらためて社内を見回したところ、経営メンバーの多くが白人だったのです。もちろんまったく意図しないことでしたが、意図しないところで構造的な差別が存在しているのではないかと気づき、社内から変化を起こしていこうというグローバルな動きにつながりました。
ラッシュジャパンでも、各セクションからスタッフが集まってD&Iのワーキンググループを作りました。「誰もが自分らしくいられる環境を作る」というビジョンを掲げ、定期的にセッションを開催しています。社内にもいろいろなルーツを持った人たちがいるので、自身の話をしてもらったり、社会問題について学び話し合ったりと、さまざまな機会を設けています。
稲葉:具体的には、どんな内容のセッションなのでしょうか。
戸川:たとえば最近では、「現代奴隷ポリシー」がグローバルで導入されたことを踏まえ、強制労働や人身売買などの人権侵害を受けている「現代奴隷」についてのセッションを行いました。
原材料の調達などに関する「バイイングポリシー」は従来からあったのですが、本国イギリスで現代奴隷に関する法律が制定されていたことを受け、あらためて「人」についてもポリシーとして明文化されたのです。
セッションでは、特定非営利活動法人 移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)さんによる「外国人労働者と日本社会」をテーマにした講演を通して、日本で起きていることや外国人労働者の現状を知り、参加者それぞれが感じたこと、考えたことをシェアしました。
ラッシュでは、自分の考えを言葉にし、他者の意見にも耳を傾けて、理解を深めながら「自分ごと化」していくプロセスを大切にしています。人事が先導するというよりも、対話を通じていろいろな声を聴き、みんなが理解できるようにする。その繰り返しですね。
ヒエラルキーがない「バスタブ型」のような組織
稲葉:貴社の研修に参加させていただいたことがありますが、研修というよりもまさに「対話」という表現がぴったりだなと思いました。
この2年間でリモートワークが一般的になり、同じ場所に集まることで組織の一体感を育てるやり方が通用しなくなりました。そんな中でもラッシュは、商品名の変更やSNSからのサインアウトなど、勇気ある決断を成し遂げています。
D&Iの実現に向け、問題点に「気づける」組織をつくるためには、どうすればいいのでしょうか。
戸川:ラッシュでも、まだ実現できていないことがたくさんあります。そして、「できていない」と隠さずに言えるところが、私たちの強みかもしれません。課題を明らかにして、自分の意見を自由に発言できる土壌があることは大きいですね。
稲葉:できていないことを外部に対して堂々と言うのは、基本的なことですが、とても難しいと思います。オープンなコミュニケーションを実現するために、工夫していることはありますか。
戸川:日本の一般的な大企業と比べ、ヒエラルキーがないことは組織の特徴だと思います。組織図はありませんし、どうしても序列を書くなら一番上に来るのは現場のスタッフです。いわゆる一般的なピラミッド型の組織図を逆にした形で、私たちがお客様にお届けしているバスアイテムにちなんで「バスタブストラクチャー」と呼んでいます。
バブルバーをバスタブのお湯に溶かすと、泡風呂になり、底から上に向かって、いろいろな形の泡が楽しそうに上がってきます。一番上の泡の部分がお客様。その下に、お客様に一番近いところで働く人たち、ショップスタッフやそれを支えるショップマネジメントチーム、商品の製造などに直接携わる製造のフロアメンバーがいます。そして、バスタブの下のほうで支えているのが、サポートチームや管理職、シニアマネージャーです。
戸川:スタッフに対し「もっと意見を言ってください。どうやったらそれを改善できるのか、実現できるのかを共に考えていきましょう」という考え方が基本にあるのです。立場や肩書きにかかわらず、意見を言いたいときにはすぐに伝えられる。そういう関係性があるからこそ、本質的な対話ができるのだと思います。
稲葉:バスタブというのは、とてもわかりやすいたとえですね。安心感の中で、自由に発言できる雰囲気が伝わってきます。
働く人と会社のコネクションが、どんどん太くなっていく
稲葉:オープンでフラットなコミュニケーションを実現するには、時間と労力、一定の「コスト」がかかります。1on1の制度は作ったけれど形骸化しているというような企業の場合、どうすれば中身のある対話ができるようになるでしょうか。
戸川:「○○課長」などと肩書きで呼ぶのではなく、相手が呼んでほしい名前で呼ぶことは有効かもしれません。ラッシュでは、その人の意思を尊重して、ニックネームのようなビジネスネームで呼びかけることもあるんですよ。
稲葉:「なんと呼ばれたいですか?」という問いかけは、確かに根源的で大切なことかもしれません。
戸川:話を聞く側が、自分自身と対話できているかどうかも重要だと思います。形だけ対話をすればいいというのではなく、どうすれば社会や人に影響を与えていけるのか、自分自身の中で考えていれば、次にするべきことは自然とわかるのではないでしょうか。
稲葉:真摯に対話をすれば、これまでの自分の価値観では受け容れられないこと、想定外のこともたくさん出てきますね。相手の言葉を受け止めて、自分の言葉で語ることができるかどうかは、ふだん、自分がどれだけ自身と対話をしているか、自分を豊かにするための学びの時間を持っているかどうかにかかってきます。
戸川:ラッシュでは、常に「あなたはどう考える?」と意見を求められます。同時に、周りからのフィードバックも受けることができます。フィードバックについて「悪いことを指摘される」というイメージを持っている人は多いと思います。でも、私たちは、フィードバックは「ギフト」であり「伸びしろ」だと考えています。自分では気づけなかったことに気づかせてもらえる、まだまだ成長できる幅がある。そんな価値観が浸透しているので、安心して本音で話せるのではないでしょうか。
私たちはよく”Why LUSH?”あなたはなぜラッシュで働くのか、という問いをお互いに投げかけるんです。みんな何かしらの「フック」があって、ラッシュのビジネスに共感しているのだと思います。
戸川:たとえば私自身は、「地球や人や動物について、こんなに真剣に考えている会社はほかにない」と思ったので、ラッシュという会社を選びました。2017年、入社したころはひとつだったフックが、業務や対話を重ねる中でどんどん増えて、自分とラッシュのコネクションが太くなっていくことを感じています。
稲葉:いろいろな理由で「ラッシュが好き」という思いから入社してくる人たちが、対話を通じて「好き」のフックをどんどん増やし、個人と会社のエンゲージメントにつながっていく。本当の意味で人的な経営だと感じます。
一人ひとりのスタッフがブランドのアンバサダー
稲葉:今、ラッシュのように、エシックス(企業倫理)を意識した大きなパーパスを掲げる会社が増えていますね。
「100%強制労働に頼らないチョコレートを当たり前に」をミッションに、フェアトレードのチョコレートを販売するトニーズチョコロンリーや、「全ては地球のために」というバリューを掲げ、代替肉を生産するネクストミーツもその一例です。
戸川:私たちも、同じような哲学や価値観を持つ企業とつながりを作っていきたいと考えています。サステナビリティを大切にするスノーボードブランドのBURTONさんや、社会や地球環境に配慮したシューズメーカーのKEENさんとは情報交換をしていており、今後一緒にできることを模索していきたいです。
稲葉:連携によって、エシカルな動きが広がっていくことが楽しみです。
戸川:最近は、メディアに取り上げていただく機会も増えています。私たちの取り組みが伝わるきっかけが増えているのはうれしいですね。スタッフ一人ひとりがブランドのアンバサダーとして、自分の思いと共に、ラッシュの価値観を伝えられるようになるといいなと考えています。
稲葉:ラッシュにとって一番のメディアは、ショップにいる店員さんたちだと感じます。皆さん話題が豊富で、店頭でお話するのも本当に楽しいです。
戸川:ぜひ店舗に足を運んで、ラッシュの商品に出会い、私たちのメッセージを感じてもらえたらうれしいです。ショップスタッフの皆さんがいるからこそ、ラッシュの価値観、商品の良さが伝わっていくのだと思います。一人ひとりが自信を持って伝えられるよう、学びの場を提供し、ウェルビーイングに気を配っていくことが私たちの役割です。ラッシュという組織の中にいるかぎりは、健康で楽しく暮らせるよう、しっかりとサポートしていきたいですね。
稲葉:今日は貴重なお話、ありがとうございました。
<サーキュラーHRへのヒント>
- ラッシュでは、ブラック・ライブズ・マターをきっかけに社内を改めて見直し、D&I実現に向けた動きを加速させた。
- ラッシュジャパンの組織にはヒエラルキーがなく、立場や意見にかかわらず相手に意見を伝えられるコミュニケーションの土壌がある。
- フィードバックは「悪いことの指摘」ではなく、「ギフト」であり「伸びしろ」である。自分の意見を表明し、フィードバックを受けるという繰り返しの中で、働く人と会社の結びつきが強くなっていく。
- ラッシュでは、ショップのスタッフ一人ひとりがアンバサダーとして、商品の良さだけではなく、自身の思いやラッシュの価値観を伝えられるようになることを目指している。
【プロフィール】
ラッシュジャパン合同会社 Manu People Support & Learning Hubマネージャー
戸川晶子
1978年生まれ。2001年明治学院大学経済学部経済学科卒業後、食品会社を経て、2003年に再度大学に戻り中国語学と歴史を学び、2008年に中国へ留学。2010年米系医療機器メーカーにて人材開発チーム、日米合弁のディベロッパーにて人材開発を中心に人事全般に業務に従事、2017年より現職。プライベートでは、途上国の子どもたちの支援活動にも携わる。
国家資格キャリアコンサルタント。特定非営利活動法人日本キャリア開発協会認定CDA(キャリア・ディベロップメント・アドバイザー)。一般社団法人日本MBTI®協会MBTI®認定ユーザー(Japan-APT正会員)。
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