コロナ禍以降、社会環境の変化や働き方改革の影響を受けて、副業・兼業を解禁する企業が増えています。サーキュラーHRを運営する株式会社Warisでも、社外副業の制度づくりや社員へのカウンセリングを通し、企業の副業推進をサポートしています。Warisワークアゲイン エデュケーションプランナーであり、キャリアコンサルタントの島谷美奈子さんに、企業が副業を解禁することのメリットと、陥りがちなポイント、個人が副業を始めるために必要なことについて聞きました。
企業を取り巻くビジネス環境と社会の変化が副業解禁の後押しに
稲葉編集長(以下、稲葉):2018年、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が公表され、モデル就業規則からも「副業禁止規定」の文言が削除されました。そのため2018年は「副業元年」ともいわれています。以降、副業・兼業など柔軟な働き方が推進され、大企業にもようやく副業解禁が波及してきたように思いますが、島谷さんは大企業の変化をどうとらえていますか?
島谷美奈子(以下、島谷):私は2014年にWarisにジョインして、2020年まで登録者のカウンセリングを担当してきました。実際は、国が副業を後押しする以前から「働きながら副業もしたい」「副業ができる会社に転職したい」と、組織に属する以外に自らキャリアを切りひらきたいと考える登録者は多くいらっしゃいました。個人が副業に対して積極的だった反面、企業の動き出しは一歩遅かったように思います。
近年、企業が置かれる環境は劇的に変化しています。2019年、経団連の中西会長が「企業が終身雇用を続けるのは難しい」と発言したように、一生ひとつの会社で働き続ける「日本型雇用」は矛盾を抱え、制度の見直しに迫られています。また、国が推進する働き方改革により長時間労働の是正や非正規社員の待遇が求められ、2020年以降はコロナ禍でテレワークも進みました。
同時にグローバル化による顧客ニーズの多様化、デジタル技術を活用した変革の必要性、少子高齢化による採用市場の変化により、多くの企業はビジネスモデルの変革を迫られています。副業が注目される理由は、事業の存続のために組織に新しいアイデアを取り入れ、イノベーションを起こしたいと考える企業が増えているからではないでしょうか。
稲葉:2010年代以降は、社会と経済の不確実性が高まった時代とも言われています。2008年のリーマンショックから経済が復調する一方で、大企業では人員リストラや早期退職募集が活発化しました。これらの社会的背景から「ひとつの組織に頼っていられない」とパラレルキャリア思考が高まったと考えられます。
2018年は厚生労働省が副業促進に関するガイドラインを発表したこと等から、副業元年と呼ばれています。けれども、その時期に副業解禁に踏み切った大企業は、まだ一部でした。ここ1〜2年で副業が再びトレンドになった要因は、当時は副業に魅力を感じながらもさまざまな障壁があって実現できなかった企業や個人にとって、時代の変化やニーズの高まりが後押しになったからではないでしょうか。
島谷:そうですね。加えてアカデミックや書籍の影響も大きいです。2000年代初頭からキャリア自律、つまり自分のビジョンや価値観を元にキャリアを形成する、という議論は既にあったのです。その後、ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授が著した『WORK SHIFT(ワーク・シフト)』『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』が世界中でベストセラーになり、働き方に対する意識が変化しました。影響を受けた企業の人事や働く人たちが、新しい働き方を実現しようとボトムアップでアクションを起こした結果とも考えられます。
これからは個人が自律的にキャリア形成し自己成長を実現する時代
島谷:近年、キャリア形成において「プロティアン・キャリア」という考えが注目されています。1976年にボストン大学経営大学院のダグラス・ホール教授が提唱した理論で、「プロティアン」には「変幻自在の」「変化し続ける」といった意味があります。現在は、現代版プロティアン・キャリア理論として法政大学の田中研之輔教授が実践法を提唱しています。たとえるなら、今までは投資信託のように会社に自分のキャリアを預けていました。これからは、個人が自律的に自分のキャリアを運用し、変化に対応しながら自己成長を実現する時代です。組織には、個人の求める場を提供することが求められます。
稲葉:日本型雇用は長期で働くことを前提としてきたため、新卒一括採用した人材を教育し、異動や配置転換を繰り返すことでどこでもマルチに活躍できる人材を育成してきました。でも、今の企業には育成の視点が欠けていたり、研修費を削ったりする企業も少なくありません。人材育成の観点からも副業はプラスの効果をもたらすと考えますが、大企業の副業解禁でネックになるポイントと、打開策についてはどう考えていますか?
島谷:副業のメリットは、外部での経験を組織にアドオンできる点です。一方、企業が不安に感じていることとしては、他社への人材流出や情報漏洩、競合先の仕事を請け負うリスクなどが挙げられます。ただ、これらは裏を返せば「社員は組織のもの」という意識のあらわれだと感じます。
稲葉:それらの懸念点は、確かに企業の自信のなさの現れのようにも見えます。副業の稼働時間を申請するよう求める企業もありますが、限界はありますよね。企業も意識を転換し、個人の副業活動をある程度許容する必要があると思います。
島谷:カゴメやNTTコミュニケーションズのように、先陣を切って副業解禁した企業の成功事例を参考にすることも、ひとつの打開策です。
同時に、企業の側が、社員の副業経験を組織に活かせる環境づくりにシフトすることも大切ですね。以前、ある企業で副業解禁の支援をさせていただいたのですが、社員から「副業で得た知見や経験をぜひ社内に還元したい」という声が多く聞かれました。会社に貢献したいという意識が可視化できただけでも、副業解禁の効果は大きいのではないでしょうか。
稲葉:働き方の選択肢が増えると、組織へのロイヤリティが高まります。最近では、コロナ禍でテレワークに移行したものの、感染者数が減って原則出社に戻ったため、転職を決意した人も増えていると聞きます。選択肢が多い方が社員の帰属意識も高まるのに、活かせていない会社も多いですね。
島谷:従業員の締めつけによってかえって個人のキャリア成長まで止めてしまう。これでは企業の事業成長自体も止めてしまうことになりかねません。
社会関係資本の活用と自らの主体性が副業の第一歩に
稲葉:副業に関心を持つ人の中には「チャレンジしてみたいが、どう始めたらいいかわからない」と不安を感じる人も多いです。島谷さんはキャリアコンサルタントとして、副業希望の方にどのようなアドバイスをしていますか?
島谷:私は「社会関係資本(Social Capital)」を例に挙げてアドバイスしています。社会関係資本とは、人との繋がりや関係性を「資本」としてとらえる概念のことです。実際に副業を始められた方は、これまで積み重ねてきた人脈やコミュニティから仕事の紹介や相談を受けるケースが多いです。また「興味のある地域コミュニティやボランティア活動に参加していたら経験が副業に結びついた」といった事例もあります。
最近では副業案件を仲介するエージェントも増えていますが、登録してすぐに自分に合った案件が見つかるケースは稀です。まずは自分が興味あるモノやコトに向き合い、一歩踏み込むのが良いと思います。
稲葉:エージェントも便利ですが、与えられるものを待つ姿勢では本当の意味での「自律」とは言えないかもしれませんね。個人が主体性を持って行動することが大切です。
島谷:定年まで勤め上げたのに「退職したら友達がいなくなった」と嘆く方や、NPO活動等に参加したものの昔の自慢ばかりする人もいらっしゃると聞きます。これは終身雇用の弊害で、一つの組織に所属しつづけたため職場以外のつながりが持てなかったからかもしれません。いくら滅私奉公しても、定年退職後の活動に会社が責任を持ってくれることはありません。
副業の知見をもとに組織内で循環を生み出す
稲葉:副業が解禁されても戸惑ってしまう人は、社会関係資本が築けていない人かもしれません。世の中で副業が当たり前になった次のフェーズには、副業に踏み出せず戸惑う人が増えると考えられます。島谷さんの予測はいかがですか?
島谷:今後、確かに副業人口は増えると予測しますが、同時にキャリアコンサルタントなど第三者の介在が大切だと考えています。副業を始めるにあたっては、本業・副業を通してどのようなキャリアを描きたいか、副業をどのように活用すれば本業とのシナジーを生み出せるかを考える必要があります。
私たちキャリアコンサルタントは市場ニーズや人材の需要を客観的に把握していますので、キャリアコンサルティングを通して個人の想いを整理し、その方にあったプランを提案することも可能です。例えば「地域のスポーツチームに副業でコーチとして関わりたいが、本業に役立たないのでは」と考えている副業志望者がいるとします。一見、直接的なシナジーはないと思われるかもしれませんが、コーチングスキルや自分の思考を選手に伝えるスキルは本業にも十分役立ちます。キャリアコンサルタントのように知見が豊富な専門家が関わることで、頭の中も整理でき、副業に対するモチベーションも上がります。
稲葉:自分の強みって、第三者から指摘されて初めて気づくこともありますよね。その点においても、他者がかかわるメリットは大きいと感じます。加えて社会の動向や副業の事例も知ることができたら、安心して最初の一歩を踏み出せそうです。
島谷:副業が浸透した企業の次のステップとして考えられるのは「内製化」です。副業経験者が介在者になって次の世代にアドバイスができれば、企業内でも副業推進の良い循環が生まれます。特にシニア層やミドルエイジ層の中には年齢をネガティブにとらえる方もいますが、知見の共有や次世代の育成においては、大きな社会的役割があると考えています。
稲葉:副業の仕事内容や業務へのかかわり方は、本業と違って一律ではありません。だからこそ、個人の小さな成功体験をシェアしていくことが重要ですね。蓄積した知見は将来組織にイノベーションをもたらし、生み出す力にもなり得ます。今後、島谷さんは副業促進にどう関わっていきたいとお考えですか?
島谷:キャリアコンサルティングを通して副業志望者と市場をつなげる役割を担いつつ、先ほど申し上げたような内製化の仕組みづくりができればと思います。特に稲葉さんが指摘された主に45歳以上の層、ミドルシニア層向けの研修も注力していけたら。世代間ギャップや性別や年齢によるバイアスを無くすお手伝いをしていきたいですね。
稲葉:副業はまだまだ未知数のエネルギーを秘めているとあらためて感じました。企業も組織を成長させるため、有効に活用していただきたいですね。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 事業存続のために新しいアイディアを取り入れたり、イノベーションを起こしたいと考える企業が増えて、大企業にも副業解禁の波が広がりつつある。
- これからは、会社に自分のキャリアを預けるのではなく、個人が自律的に自分のキャリアを運用する時代が来る。
- 副業解禁により、企業は外部での経験を組織にアドオンでき、働き方の選択肢が増えることで、個人の組織へのロイヤリティも高まる。
- 個人が副業を始める際には、キャリアコンサルタントなど第三者の介在も大切。まずは自分が興味あるモノやコトに向き合い、一歩踏み込むのが良い。
【プロフィール】
島谷美奈子/キャリアコンサルタント
20年以上にわたり人材ビジネス業界にて人材活用支援・キャリア支援に従事。現在は、キャリア開発セミナー講師、職場環境改善推進、企業内キャリアコンサルティングなどに従事。2021年法政大学大学院修了。専門はサステイナビリティ学。国家資格キャリアコンサルタント、プロティアン認定ファシリテーター、プロフェッショナル&パラレルキャリア支援アドバイザー。
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