大人に代わって家族の介護や身の回りの世話を日常的に担う子ども「ヤングケアラー」。2021年の「新語・流行語大賞」にノミネートされるなど、ここ1、2年で若者の重い負担が浮き彫りになっています。ヤングケアラーが置かれる状況と就職・就労に関する課題、企業に求められる対応とは──。ご自身も学生時代から家族の介護を経験され、現在は一般社団法人ヤングケアラー協会代表理事を務める宮崎成悟さんにお話を伺いました。
中学2年生の約17人に1人が「ヤングケアラー」という実態
稲葉編集長(以下、稲葉):ヤングケアラーとはどのような状況に置かれている方を意味するのでしょうか?
宮崎成悟さん(以下、宮崎):日本ケアラー連盟が発表している定義では「家族のケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートを行なっている、18歳未満の子ども」としています。また、家族の世話や介護を担う18歳から30歳代までの若者を「若者ケアラー」としています。
日本ではまだ法令上の定義がなく、何歳までを支援対象とするか、どこまでをケアの範囲と定めるかなどは議論している最中です。
国によってもヤングケアラーの定義はまちまちです。例えばイギリスでは2014年に「子どもと家族に関する法律」が成立し、「他の人のためにケアを提供している、または提供しようとしている18歳未満の者(ただし、ケアが契約に従って行われている場合や、ボランティア活動として行われている場合は除く)」と定義しています。また、オーストラリアでは「25歳未満」と定義づけています。
稲葉:国内のヤングケアラーの人数は?
宮崎:総務省が実施した平成29年度就業構造基本調査によると、ヤングケアラーと30歳代の若者ケアラーをあわせて55万人ほどに上ります。年代別では、15〜19歳が37,100人、20〜29歳が173,000人、30〜39歳が330,000人ほどです。また「世話をしている家族の有無」を尋ねる質問に対し、中学2年生の5.7%が「いる」と回答しています。これは17人に1人がヤングケアラーという計算になり、決して小さな数字ではありません。
ただ、この調査では15歳未満の実態が把握できておらず、質問項目も高齢者の身体介護に関するものに偏っています。そのためヤングケアラーの正確な人数が把握しづらく、現在国が調査を進めているところです。
稲葉:ヤングケアラー増加の背景にはどのようなものがありますか?
宮崎:人口構造や家族形態の変化に加え、雇用・労働状況、社会福祉制度の仕組みが背景にあると考えています。80年代と比較すると専業主婦家庭が減り、ひとり親家庭が増加傾向にあります。つまり大人だけで家族のケアを担うことが限界になり、その分子どもに重い負担がのしかかっているのです。
稲葉:宮崎さんご自身もヤングケアラーをご経験されたのですね。
宮崎:16歳から難病を患う母を介護していました。大学進学も一度は諦め、就職後も母のケアのために介護離職を経験しています。
ヤングケアラー問題は学校生活や日常生活、就労など若者の将来に大きな影響を及ぼします。家族の世話のために進学をあきらめたり、介護を理由に離職したりするケースも多く、周囲に悩みを打ち明けられず孤立する方も少なくありません。自分と同じような状況下に置かれる若者を支援したいと2019年にYancle(ヤンクル)株式会社を設立し、2021年に一般社団法人ヤングケアラー協会を立ち上げました。
介護を理由に離職するケースも。ケアラーを取り巻く就労の課題
稲葉:ヤングケアラーの方々が抱える就労の課題についてお聞きしたいと思います。ヤングケアラーの方々を取り巻く就職・就労の状況は?
宮崎:人によって環境はさまざまですが、大きく分けて2つのパターンがあると思っています。一つは学生のころから就職後も家族のケアを続けている方、もう一つは就労中に家族の介護に直面することになった方です。
特に多いのは後者です。例えば、母が病気になり介護が必要になったものの、父が仕事を辞めると家計が支えられなくなってしまうため、「私が辞めるしかない」と若者が介護離職してしまうケースが多いです。また、上司に仕事と介護のかけ持ちを相談しても理解してもらえなかったり、「仕事を休みにくい」という罪悪感から辞めてしまったりする話も聞かれます。
稲葉:仕事との両立に悩む状況は、出産・育児を控える方々が抱える課題と似ているのかもしれません。
宮崎:ほぼ同じだと思います。共通しているのは当事者に対する会社側の理解が求められる点、それから最近ではテレワークも浸透しましたが、多様な働き方を許容して適切な制度を整備することで離職防止に寄与できる点です。
ただ、出産・育児と介護ではもたらすイメージが異なります。育児はどちらかというとポジティブで、「2、3年後には時短勤務に移行できるだろう」とある程度将来が見通せます。
他方で介護には「いつ治癒するかわからない」「先が読めない」といったネガティブなイメージを持たれがちで、家族以外は介入しづらいと考える人も少なくありません。そのため企業側も現状を理解しにくく、どう制度を作ったらいいかわからないと及び腰になっているのが現状です。
今では「ヤングケアラー」の言葉も広く知られるようになりましたが、定義上は18歳未満であるため、多くの企業が「自分たちは関係ない」と考えているのかもしれません。「若者ケアラー」と呼ばれる20代、30代の若者が50万人以上いることを、日本の企業にはもっと知ってほしいと思っています。
稲葉:ある日突然、家族の介護に直面する可能性は年代を問わず誰にでもあります。まずは実態を知り、理解を広げていくことから始める必要がありますね。
企業に求められるのは当事者への理解と環境整備
稲葉:ここ1、2年で「ヤングケアラー」という言葉が広く認知されるようになりました。宮崎さんが感じる変化は?
宮崎:新聞の特集などでヤングケアラー問題が注目されるようになり、2020年には厚労省が初の実態調査に乗り出しました。今後の具体的な動きはまだわかりませんが、実態を踏まえた支援は加速していくのではないでしょうか。法整備や制度づくりといったハード面と、企業と社会の理解を促すソフト面、両方向への対策を期待したいと思います。
稲葉:当事者に対する企業の理解浸透が進んでいる事例はありますか?
宮崎:介護に限らず、育児や家庭の事情による「時短勤務」「残業なし」「テレワーク」を推進する企業は、規模にかかわらず少しずつ増えています。働く側としても、採用段階から介護の状況を理解してもらえたら安心感が生まれますよね。
稲葉:企業の人事にはどのような対応が求められますか? 陥りがちなポイントがあれば教えてください。
宮崎:当事者からは「入社したばかりなので介護休暇制度が使えない」「入社●年以上じゃないとテレワークが許可されない」といった悩みが多く聞かれます。「自分が家族を介護していると会社に打ち明けたら人事考課に響くのでは」と考えてしまう方もまだまだ多いです。
まずは悩みや不安を打ち明けやすい環境を作り、相手の声に耳を傾ける姿勢が大切だと思います。同時にフレキシブルな働き方を認める環境整備や制度設計も課題です。介護の状況は人それぞれ異なりますから、対話を通してお互いにとっての最適解を一緒に見つけていただけたらと思います。
誰もが仕事と介護を両立できる社会に
稲葉:宮崎さんのお話をうかがって、ケアラー側の支援だけでなくヤングケアラーを取り残さないための企業側の理解促進と仕組みづくりに対する支援が必要だと感じました。
宮崎:まさに今が転換点だと感じています。今後国の調査が進み、ヤングケアラーの就労・就職の実態が見えてきたら、当事者が仕事と介護を両立できる仕組みづくりを企業と一緒に考えていけたらと思っています。
稲葉:国が育児・介護休業法で定めた「介護休業制度」や「介護休暇制度」もありますが、企業としては産休・育休制度をケアラー支援の仕組みづくりに応用できるかもしれません。宮崎さんとしてはどんな方々にアプローチしたいとお考えですか?
宮崎:ヤングケアラーの問題はあくまでも介護する側が抱える課題の一部で、彼らがヤングケアラーを“卒業”した後も介護は続きます。短期的な支援ではなく、進学や就職、その先の将来設計をサポートしながら根本的な課題解決に繋げられたらと思っています。
2022年4月から育児・介護休業法が改正され男性の育児休業取得が促進されましたが、介護離職の問題はまだまだ解決されていません。まずは働き方の柔軟性を高めることが「介護離職ゼロ」への一歩になるのではと思っています。
稲葉:最後に、今後に向けての取り組みを教えてください。
宮崎:まず、ヤングケアラーの就職・転職支援に注力していきます。求職者の相談窓口として、就職支援はもちろん、介護の悩みや不安を受け止める居場所になることが目標です。同時に企業へ向けて、ヤングケアラーへの理解を促す研修やワークショップを実施していきます。自分がヤングケアラーの立場だったらどうするか、座学やワークショップ、ディスカッションを通して理解が深まるきっかけをつくれたらと思います。理解ある企業を増やし、介護する方が安心して働ける社会をつくることが私たちの使命だと考えています。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 日本国内には、ヤングケアラーと30歳代の若者ケアラーが、あわせておよそ55万人いる。家族の世話のために進学をあきらめたり、介護を理由に離職したりするケースも多い。
- 当事者からは「入社したばかりなので介護休暇制度が使えない」「入社●年以上じゃないとテレワークが許可されない」といった悩みが多く聞かれる。
- ヤングケアラーの離職を防ぐには、当事者に対する会社側の理解と、多様な働き方を許容して適切な制度を整備することが必要である。
【プロフィール】
一般社団法人ヤングケアラー協会代表理事
宮崎成悟
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