「みんながめぐり、そだつ未来」というコンセプトを掲げてスタートした「サーキュラーHR」プロジェクト。多くの方にご賛同・ご協力いただき、おかげさまで2021年1月に1周年を迎えます。
奇しくも2020年は、新型コロナウイルスの影響により、社会全体が大きな変革を迫られる年となりました。
2021年の社会はどんな方向へ向かっていくのでしょうか。サーキュラーHRの稲葉哲治編集長が、この1年間で人事業界に起こったこと、そして2021年に経営者や人事担当者がとるべきアクションを、あらためて語ります。
企業としての「Live Your Life」を明確にする
編集部(笠原):新型コロナウィルスの影響で、社会が大きく変わりつつあります。企業のあり方は、これからどう変わっていくのでしょうか。
稲葉編集長:企業経営や個人のキャリアについて、不確実性が高まるVUCA(ブーカ)の時代には、企業としての「Live Your Life(※サーキュラーHRを運営する株式会社Warisのビジョン)」を明確にすることが重要になると思います。ミッションやパーパスだけではなく、社会課題に対して「私たちはこう考えます」と明確な意思表明をすることが求められるのではないでしょうか。
海外では、ブラック・ライブズ・マターの例を見てもわかるように、企業が社会問題に対して意見表明をすることが一般的です。沈黙することは、課題の存在を容認しているように受け取られかねません。
企業をファミリーにたとえるなら、これまでは社屋が「家」として、一体感を担保していました。コロナ禍で人が会社に集まらなくなった現在は、物理的な家がなくなり、企業が求心力を失っている状態です。組織に所属する人たちがバラバラにならないためには、理念上の家、つまり共通意識を育てることが必要だと考えています。
2020年は、企業が意見表明をしなければならなくなった節目の年、そして2021年からは、法人の意見表明がチームの一体感を生み出す時代になっていくでしょう。
理想と現実のギャップを、恥ずかしがらず外に出す
笠原:日本でも、SNSで企業の公式アカウント炎上が相次ぎ、買い控える動きが起こるなど、個人は確実に変化しつつあると思います。一方、特に大企業が社会問題に対して意見を表明する方向へかじを切ることは、日本ではハードルが高いのではないかと感じます。
稲葉:確かに難しさはあると思います。ただ、変えることが難しいから妥協するのではなく、理想論を掲げ続けることが大切ではないでしょうか。より高い理想を目指せば、当然現実との間にギャップが生まれます。そのギャップを、恥ずかしがらずに外へ出すことが大切だと思うのです。
今年、菓子メーカーのブルボンに「プラスチックごみが増えるお菓子の過剰包装をやめてほしい」と高校生から署名が寄せられるという出来事がありました。これに対してブルボンは、なぜ個包装を行っているか、プラスチック包装を削減するために今後どんな取り組みをしていくか、今できていないことを含め、丁寧な回答をしたことで話題になりました。
このように、企業が「できていない部分」を上手に見せていくことで、消費者からも、その企業の伸びしろが見えるようになります。商品を買いたい人だけでなく、株主になって応援したい、投資をしようという人が現れるかもしれません。
経営者が理想の灯を絶やすことなく、現状を隠さずに公表していくことで、理想と現実とのギャップは、必ず埋まっていくものだと考えています。
働く企業は「投資」の視点で選ぶ
笠原:コロナによる社会の変化にいち早く対応している企業もありますが、一時的に変わったように見えてもまた元に戻ってしまう、「揺り戻し」のような状況も一部で起こっています。
稲葉:そうですね。やはり一定の揺り戻しは起こってくると思います。リーマンショック直後も、一時的にCO2排出量が減り、その後大幅に増えるという現象がありました。根本的な変革ではなく、既存のビジネスの仕組みの中で、何とか回復しようとしたのですね。
現在も、景気が後退し自殺者数が増える中、企業としての戦略や働き方そのものを変えていこうとする企業がある一方で、とりあえずリストラを進め、残った人員で従来の業務量をこなすため、一人あたりの残業が増えているというような企業もあります。
コロナ禍がリーマンショックと違うのは、全業種が停滞しているわけではないという点です。新型コロナウイルスの影響で伸びていく業種もあり、衰退産業と隆盛産業が明確になっていくと考えられます。
ウォルマート傘下の西友では、緊急事態宣言中の4月、従業員約3000人を緊急採用しました。スーパーはコロナの影響で来店者数が増え、人手が足りなくなった業種のひとつです。西友の施策は、飲食店やアミューズメント施設など、勤務先の休業で仕事を失った人たちの受け入れを念頭に置いた取り組みだそうです。産業構造の変化を見据えて明確なメッセージを打ち出した点は、さすがグローバル企業だと思います。
個人は、このように変革を成し遂げるという意思表示をしている企業を選んで働けばいいと思います。個人が企業の中で働くのは、人的資源を企業に「投資」するということです。その会社で自分の見たい景色が見られないのなら、投資を引き上げ、すなわち会社を辞めて別の企業で働けばいい。働く個人がそのような意識を持てば、企業も変わっていくでしょう。
企業の中に生まれつつある「新しい家族主義」
笠原:サーキュラーHRプロジェクトを1年間運営してきて、どんなことを感じていますか。
稲葉:多くの方と対話する中で、大きく分けて3つのことが印象に残っています。
1つ目は「新しい家族主義」。従来の家族主義は、社長が父親で、ヒエラルキーがあって…という古い家父長制でしたが、企業における新しい家族主義では、会社のメンバーが相互にフラットな関係にあります。ヘラルボニーの松田さんが、自分たちが率先して「丸出し」にする、自己開示することを大切にしていると仰っていましたが、そうやって安心安全な場づくりをすることが大切だと思います。信頼関係を築くことで、人は会社の中で、資源としての価値を発揮しながら長く働けるようになるのではないでしょうか。
2つ目は「実験不足」。多くの日本企業では、チャレンジして失敗することが認められていない現状があります。そういった問題意識を語る方が多いのが印象的でした。アフターコロナの時代には、失敗を恐れず実験を認めていかなければ、取り残されてしまうでしょう。
3つ目は「とりあえず安心して働け」と言える会社かどうか。これはラッシュの安田さんの言葉です。人は誰でも、迷ったり不安になることがあります。そんなとき、経営者が、会社のメンバーの人生を背負っているということを意識した上で「今は難しいことを考えず、目の前の仕事をしっかりがんばれば道が開けるよ」と自信を持って言えるかどうか。すべての経営者の方に、ぜひ考えてみていただきたいです。
2021年は「やりたい」気持ちをサポートする受け皿を提供していく
笠原:2021年は、サーキュラーHRのプロジェクトを通じてどんなことを実現していきたいですか。
稲葉:2020年は、世の中の変化やその兆しを集めて、発信してきた1年でした。当初はスタートアップなど、変化に敏感な企業の方が共感してくれたのですが、コロナ以降、大企業の経営者や人事担当者の方にも関心を持っていただくことが増えています。
「変わらなければならないことはわかった。でも、何から始めればいいのかわからない」というときに、受け皿になる具体的な選択肢を提供することが、2021年のサーキュラーHRの使命だと考えています。解決策やアイディアを持っている人たちは、世の中にたくさんいます。両者を結びつけるような発信をしていきたいです。
具体的には、地球環境に負荷をかけない、持続可能な生き方や働き方、オフィスの在り方についての情報も発信したいですね。
笠原:この1年間で、サーキュラーHRのコンセプトに関心を持ってくれる方が増えてきたことを実感しています。2021年は、具体的な一歩が踏み出しやすくなるアクションプランなども作って、共感してくださる方々の輪を広げていきたいですね。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 企業経営や個人のキャリアについて、不確実性が高まるVUCA(ブーカ)の時代には、企業としての「Live Your Life」を明確にすることが重要になる。
- 経営者が理想の灯を絶やすことなく、「できていない部分」を上手に見せていくことで、消費者からも、その企業の伸びしろが見えるようになる。
- 個人が企業の中で働くのは、人的資源を企業に「投資」するということ。変革を成し遂げるという意思表示をしている企業を選んで働く。
- 会社の中に信頼関係を築くことで、個人は資源としての価値を発揮しながら、長く働けるようになる。
【プロフィール】
サーキュラーHR編集長 稲葉哲治
開成、東京大学から一転、中退して社会的ひきこもりを経験。当事者性を活かしてセゾングループ人材会社にてNPO協働事業等を担当後、日立グループにて新規事業、若者キャリア支援会社起業、人事、人材コンサルタントを経て、日本最大の人事・HRメディアにて人事コミュニティ運営等に従事。現在は㈱Warisコンサルタントの他、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するNPO法人GEWEL理事、ワールドカフェ・OSTファシリテーターとして活動中。
エシカルを軸にソーシャルセクターでも活動し、フィリピン少数民族と作るブランド「EDAYA」やセレクトショップ「エシカルペイフォワード」、「エシカル男子の会」、参加型社会投資イベント「SOIF」などで人と社会の関わり方の変革を行う他、ソーシャルビジネスのハンズオンインキュベーションも実施。
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