企業のダイバーシティ経営と女性活躍推進に取り組む、株式会社アワシャーレ代表取締役の小嶋美代子さん。大手IT企業で約30年間働いた後、3年前に独立して会社を立ち上げました。経営者のほかにも、ダイバーシティ&インクルージョンを啓発するNPOの理事や大学講師など、その活動は多岐にわたります。
サーキュラーHRの稲葉編集長が運営にたずさわるセレクトショップ「エシカルペイフォワード」にも参画している小嶋さん。日ごろ一緒に仕事をする機会も多いという2人が、多様性について、持続可能な働き方について、とことん語り合いました。
ダイバーシティは、何が起こるかわからないから面白い
稲葉編集長:アワシャーレの設立3周年、おめでとうございます。
小嶋さん(以下、敬称略):ありがとうございます。
稲葉:ダイバーシティのこと、エシカルのこと、小嶋さんとはいつもいろいろなお話をしていますが、今日は「働く」ということについて、あらためてじっくりお聞きできたらと思います。
経営者や人事担当者の方と話していると、今、企業の中で「実験」が少なくなっていると感じます。若い世代を含め、実験して失敗することを避ける傾向があるのではないかと思うのです。小嶋さんは、アワシャーレの活動の中で、あえて失敗を隠さず、俎上に載せるようにしておられますが、それはなぜなのでしょうか。
小嶋:失敗してほしいと思っているわけではありませんが、失敗が「悪いこと」と決めつけられるのを避けたいと考えています。失敗しても、それを糧に成功へ向かう人もいれば、一度挑戦したことですっきりあきらめられる人もいます。どちらにしても、チャレンジしたという意味で、それはいいことだと思うんです。
ダイバーシティは、多様性を実現することで、何が起こるかわからないから面白いのだと思います。ですから、ダイバーシティを推進しようとする企業が失敗を避けるのは、本来は矛盾しているんです。日本企業には「失敗しないのがいいこと」という前提がありますが、チャンスがあるのに、何もしないのは機会損失ではないでしょうか。
稲葉:エシカルの分野では、たとえばある企業が環境に配慮した商品を売り出しても、あまり売れなかったから販売を縮小してしまうということがよく起こります。ダイバーシティの推進も、うまくいくことばかりではないですよね。
小嶋:何をもってダイバーシティのゴールとするか、「成功」の定義はとても難しいです。例えば、ある企業が、特定のマイノリティ当事者にとって居心地のいい環境をつくったとしても、その環境が全員にとって居心地がいいとは限りません。
稲葉:ダイバーシティと一口に言っても、本当に多様な項目がありますからね。ごく少数の意見だけを聞いて進めると、気づかないうちにほかの誰かを排除しているかもしれない。ある意味、ダイバーシティの落とし穴と言えるかもしれません。
小嶋:ある少数派のために制度を整えることが、同時にほかの誰かを振り落とすことになっているかもしれないという想像力を持つことが重要だと思います。
ゆるくて細いつながりをたくさん持つ
稲葉:私は以前から「働き方のフェアトレード」ということを考えてきました。個人は自分の労働力に値付けをし、企業と対等な立場で報酬を受け取る。個人の権利が認められる一方、ダイバーシティが実現し、「私はこう思います」「それはイヤです」とはっきり主張しなければならない環境は、決して楽なことばかりではないと思います。
小嶋:主張することに慣れていませんから、日本のような同調圧力の強い社会では、厳しいことだと思います。
稲葉:企業の役割として、個人のやりたいことを実現できるようサポートするのか、やりたいことがない人にも居場所を提供するのか、その点小嶋さんはどのようにお考えですか?
小嶋:「居場所」は与えられるものではなく、結果的に生まれるものだと考えています。例えば転職活動で「この会社のために何かやりたいんです」と一見前向きなオーラを出していても、実は具体的にやりたいことがあるわけではない、ある意味依存的な人もいます。
稲葉:よくわかります。NPO団体やベンチャー企業などで、代表の活動を尊敬していて、「この人や組織に身を委ねれば、自分の夢が実現するかもしれない」と漠然と考えている人は多いですね。でも、そういう人は自分でボールを持って走ろうとしないので、初めは上司がいろいろお膳立てしても、次第に苦しくなってしまうと思います。
小嶋:そうならないために、私自身は「関係性を希薄にする」ことを意識しています。「自立とは多数への依存」という言葉もありますが、働く人は、ゆるくて細いつながりをたくさん持てるといいのではないでしょうか。どこか1ヵ所だけに依存するのではなく、真綿のような糸であちこちにつながって、絶妙なバランスで立っている。落ち込んで溺れてしまいそうなときも、みんなが少しずつ糸を引いてあげると立つことができる。自分も誰かにとって、そのうちの1本になれたら…というくらいのつながりがちょうどいい気がします。
ライフシフトでは「外科手術」だけでなく「体質改善」が肝心
稲葉:小嶋さんは、約30年間大手IT企業で働いたのち、独立されました。現在はアワシャーレの経営者であるだけでなく、NPO法人の理事や大学講師など、本当にいろいろな顔をお持ちだと思うのですが、なぜ現在のような働き方を選んだのですか?
小嶋:そういう稲葉さんも、さまざまな肩書きを持っていますよね。私たちがあちこちで担っている役割をすべてひとつの図で表したら、よく似た構成になるのではないでしょうか。ただ、稲葉さんが組織に所属したくない「非属」だとしたら、私は組織に所属したい「多属」ではないかと思います。前の会社を辞めてからは、ひとつの組織にコミットしすぎることがないよう、自分の中でバランスを取っている気がします。
会社員時代、私は「大好きなこの会社を変えていこう」という愛情を持って仕事に取り組んでいました。エネルギーを注いでもすべてが思い通りにいくわけではないので「こんなに愛情を注いでいるのに、なぜ愛してくれないの」と落胆したこともあります。もともと依存体質で、すぐ夢中になってしまうので、ゲームや長い小説にも手を出さないようにしているくらいなんです。先ほど関係性を希薄にするという話をしましたが、それは、私自身が誰か一人に固執しないようにするためでもあります。
稲葉:人生100年と言われる時代、会社を辞めて第二の人生を始めようとしても、長年勤めた会社への依存心が残っていて、なかなかうまくいかない人は多いようです。小嶋さんのように客観的に自分を分析し、軽やかに「体質改善」して、ライフシフトするコツはあるのでしょうか?
小嶋:人間は急には変われません。私自身も会社員時代から、少しずつ時間をかけて会社との関係を見つめ直し、ソフトランディングすることができました。いきなり会社を辞めるという「外科手術」をしてもなかなかうまくいかないので、あえて自分とは違う価値観を持つ人と話したり、サバティカル休暇をとって仕事以外のことに挑戦するなど、少しずつ変化を起こすことも有効ではないでしょうか。
稲葉:実際のライフシフトは、会社を辞めるというような一見わかりやすいことよりも、仕事を続けながら価値観が少しずつ変わっていくなど、目に見えない形で進んでいくのかもしれませんね。
小嶋:目指したいのはサステナブルな変容です。個人だけでなく組織にも、変わり続けることが求められる時代ですが、大企業になるほど、変わることは難しくなります。だからこそ、ダイバーシティで異質な個人を取り込むことが必要になるのですね。
多様な個人を受け容れる「場」をつくる
稲葉:忘れてはいけないのは、社会の変化についていけない人、変わりたくないという人もいるということですね。変わらない人をも取り残さず、その気持ちを汲むのが真の多様性かもしれません。例えば、紙の書類への捺印が不要になっても、印鑑を押すときの気持ちを大切にしたいという人がいたら、その価値観も大切にする。
小嶋:画面上の印影をクリックしても、印鑑を押した気持ちになれないという人はいますからね。「私は違う価値観を持っています」ということを、誰もが言いやすい場づくりをすることが大切だと思います。
一方、働く側としては、心理的安全性が担保されている職場は、業務でプレッシャーがかかる場合が多いということを知っておくといいと思います。逆説的ですが、仕事で負荷がかかるからこそ、居心地のいい場づくりが必要なのかもしれません。
稲葉:私たちもサーキュラーHRのプロジェクトを通じて、誰もが働き続けられる社会の実現を目指していますが、そういう働き方は、個人にとって決して楽なことだけではないんです。「私は何を目指しているのか?」と日々問い続けることは、慣れていない人にとってはつらいことです。疲れたり、落ち込んだときには「社会課題を解決したい」なんて考えられない日もあるでしょう。ラッシュの安田さんがおっしゃっていたことですが、そんなときにも「安心して、とにかくここで働いていれば大丈夫」と言えるシェルターのような組織が、企業としては理想かもしれません。
小嶋:本当にそうですね。「私は社会の一員なんだ」と感じられるような場がひとつでもあれば、個人は働き続けることができるのではないかと思います。働く人の選択肢を広げるような、一見無駄な制度を整えることが、企業のダイバーシティにつながっていくのではないでしょうか。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 企業がダイバーシティを推進するときには、マイノリティのための制度を整えることが、同時にほかの誰かを振り落とすことになっているかもしれないという想像力を持つことが重要。
- 働く人は、どこか1ヵ所だけに依存するのではなく、真綿のような糸であちこちにつながる、ゆるくて細いつながりをたくさん持つといい。
- いきなり会社を辞めるよりも、自分とは違う価値観を持つ人と話したり、サバティカル休暇をとるなど、少しずつ変化を起こすことで、スムーズに「ライフシフト」することができる。
- 「私は社会の一員なんだ」と感じられるような場がひとつでもあれば、個人は働き続けることができる。
【プロフィール】
株式会社アワシャーレ 代表取締役 小嶋美代子
一般社団法人経営倫理実践研究センター フェロー
特定非営利活動法人GEWEL 代表理事
芝浦工業大学 講師
東京都台東区男女共同参画推進会議委員
1989年大手IT企業にコンピュータエンジニアとして入社、金融機関向けシステム開発に従事。先端技術教育や大規模システム導入教育などのプロジェクトリーダーおよび管理職を経験。ブランディングおよびダイバーシティ推進を牽引。
2017年独立。企業、大学、地方自治体、社会活動など多角的にダイバーシティ&インクルージョンに関わっている。
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