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リモートワーク下でのDV被害。企業はどう向き合うか

~高橋シンシアさんインタビュー

2022年5月15日

コロナ禍でリモートワークが増え、在宅時間が長くなる中、パートナーからの暴力(DV)被害に悩む人が増えています。20歳以上の男女のうち、少なくとも5人に1人が何らかの形でパートナーからの暴力を経験しているというデータもあり(※)、誰にとっても他人事ではありません。 

企業の従業員がDV被害に遭えば、仕事の生産性が落ちるだけでなく、働き続けることが難しい状況に陥る可能性もあります。 

DVの問題に、企業はどう向き合い、対処していけばいいのか。自身もDVを受けた経験を持ち、被害者支援に取り組む団体「シンシア(Cynthea)」代表理事の高橋シンシアさんにお話をうかがいました。 

※内閣府「男女間における暴力に関する調査」(令和3年3月)

 

女性の4人に1人、男性の5人に1人がDVを受けた経験がある

稲葉編集長:新型コロナウイルスの流行後、多くの企業がリモートワークを導入しました。働く場所と生活の場の境目がなくなり、在宅時間が長くなったことで、メリットと同時にさまざまなデメリットが浮き彫りとなっています。中でも男性から女性に対するDVの問題は、社会的に見落とされているのではないかと感じるのですが、いかがでしょうか。 

高橋シンシアさん(以下、敬称略):日本国内で、DVの相談件数は年間19万人以上にのぼり、2020年度は前年の1.6倍に急増しています。 

内閣府の調査では、女性の4人に1人、男性の5人に1人が配偶者から身体的暴行や心理的攻撃など、DVを受けたことがあると回答しているんです。ふだん、一緒に働いている同僚も、職場では言えないだけで、DVの被害に遭っているかもしれません。 

実は私自身、コロナの自粛期間中に、パートナーからDVを受けるという経験をしています。身の安全を確保する必要があったので、すぐに家を出て警察へ行きました。いろいろな人に経緯を説明し、手続きをし、居場所が特定されないよう注意しながら新たに住む場所を探すことは、精神的にも、肉体的にも大きなストレスでした。 

幸い、私は上司との間に信頼関係を築けていたので、すぐにDVを受けたことを相談できました。上司が働き方に配慮してくれたおかげで、今は心身ともに元気で働くことができています。

高橋:私たちが立ち上げたシンシアという団体では、DV被害者が経済的・社会的に自立できるよう支援する活動をしています。被害者の話を聞くと、「(被害に遭っていることを)会社には絶対に言えない」と、本当の理由を伝えないまま退職してしまう人が少なくありません。企業としてもこうした実態を知り、従業員が被害者となった場合には、積極的に支援する必要があると考えています。 

稲葉:DVと聞くと、殴る、蹴るなどの身体的暴力が思い浮かぶかもしれませんが、心理的な嫌がらせや経済的な圧力など、さまざまなケースがあり複雑ですね。最初の段階としては、ストレスが溜まり、注意散漫になって仕事の生産性が落ちることが考えられます。暴力が深刻になれば、チームで働くことに支障が出たり、住む場所を失い、出勤が難しくなったりする可能性もあります。企業の人事担当者やマネージャーは、会社やチームの中に被害者がいるかもしれないという意識を持ってほしいですね。 

高橋:DVの被害を受けると、ストレスから体調を崩しやすくなったり、離婚調停のため有給休暇をとる必要が出てきたりするケースもあります。チームで仕事をしている場合、お互いの状況を理解し合うことが不可欠です。 

まずはDVの実態を知ること、加えて、日ごろからチーム内でコミュニケーションをとり、悩んでいることを話しやすい雰囲気作りをすることも大切です。

 

DV被害を上司に相談できないまま退職してしまう理由

稲葉:被害者が会社に相談できないまま退職してしまう背景には、どんな状況があるのでしょうか。 

高橋:DV被害を理由に退職することで、今後の転職活動に悪い影響があるのではないかと考えてしまうことがひとつの要因として挙げられます。また、住んでいた家を出て公的なシェルターに避難する際、加害者に居場所を知られないため、スマートフォンの使用が認められない場合があります。家を失って会社に出勤できず、連絡もとれない状況で、いったん仕事を辞めたほうがいいとすすめられるケースもあるようです。 

私の場合、上司との定期的な1on1や日頃のコミュニケーションを通じて、何かあればいつでも相談できる関係を築けていたので、すぐに話すことができました。ただ、被害に遭った方の話を聞いていると、会社の人に打ち明けられるケースは非常に少ないです。女性が男性の上司に対して「生理休暇を取得します」と言い出しにくいのと、よく似た心理が働いているのかもしれません。 

稲葉:確かに、男性中心の風潮が残る会社では、女性が生理や体調不良について言い出しにくい雰囲気がありますね。DVや性暴力に対しても、女性の被害者をさらに責めるようなコミュニケーションが多いと感じます。 

安倉さん(「シンシア」メンバー。以下、敬称略):あるDV被害者の女性は、勇気を出して上司に相談したところ「それはエグいことだから、みんなには言わないほうがいいよ」とアドバイスされ、精神的な苦痛を味わったそうです。 

チームのメンバーがDVの被害に遭ったとき、マネージャーの立場にいる人はどう行動し、どんな言葉をかけるべきなのか、研修などで学ぶことも重要ではないでしょうか。 

高橋:マネージャーが部下から相談を受けたときには、まず相手の話をじっくり聞き、その人が何を望み、どんな助けを必要としているのかを知ろうとする姿勢が欠かせません。批判や分析をするのではなく、相手の感情やニーズに耳を傾ける「非暴力コミュニケーション」を心がけることが、安心安全な環境づくりにつながっていくと思います。

 

DV被害者を支援することで、ほかのメンバーの離職率も下がる

稲葉:DV被害を受けた方が継続的に就労できるようにするため、企業はどのような仕組みを整えたらいいのでしょう。 

高橋DV被害者を支援するためには、まずDVについて理解を深めることが重要です。私たちも今後企業向けに、DVの実態を知るためのセミナーを行っていきたいと考えています。 

会社を通じて専門の相談員に話を聞いてもらえる連携の仕組みがあれば、なお安心です。被害に遭った人が安心して有給休暇を申請できる制度や、緊急避難場所として会社の寮を利用できる仕組みなども実現するといいですね。 

採用活動においては、DVやパワハラ、セクハラが原因で退職したことがマイナスにならないよう、配慮してほしいです。私自身、DVを乗り越えて働き続けてきた経験が自分の財産になっていると感じています。 

稲葉:外的な要因と、その人の能力は関係がないですからね。DV被害者を支援する体制を整えることで、企業にはどんなメリットがありますか。 

高橋:マネージャーが働きやすくなりますし、「いざというときに守ってくれる会社だ」と感じられれば、ほかのメンバーの離職率も下がっていくのではないでしょうか。 

稲葉:DV被害者にとって安心安全な環境は、心身の不調に悩む人や、セクシャルマイノリティ、育児・介護など家庭の事情を抱える人にとっても居心地のいい組織です。優秀な人材の流出を防ぐことは、企業にとって大きなプラスになりますね。リモートワークを活用している企業にとって、今後はDV被害者の支援について理解を深め、制度を整えることが不可欠になっていきそうです。

 

女性の経済的自立がDV被害から抜け出すための鍵に

稲葉女性のDV被害者が多いことの背景に、男女の賃金格差があるのではないでしょうか。DVを受けていても、経済的に自立していないため離婚できない、すぐに家を出られない女性が多いと推測します。 

安倉:先日、DV被害者を支援する団体の方からこんな話を聞きました。ご自身がDVを受けていたのですが、当初はパートナーから「働くな」と言われ続けていたそうです。それでも仕事を始めて、収入が増えるにつれ、DVも自然になくなっていったと。家庭内に生まれる「上下関係」の根拠が経済力だとすると、女性が経済的に自立することで、加害者と被害者のパワーバランスに変化が生まれる可能性もあります。 

高橋被害者がDVから抜け出す上で、経済的な自立は非常に重要です。私たちも、DVを受けた女性が仕事を持って自活できるよう支援していきたいと考えています。私自身、DVを受けた経験があっても経済的に自立していける女性のロールモデルになれたらという思いで活動しています。

稲葉:高橋さんたちの活動を、私たちも応援していきます。今日は貴重なお話、ありがとうございました。

 

 

<サーキュラーHRへのヒント>

  • 日本では、20歳以上の男女のうち、少なくとも5人に1人が何らかの形でDVを経験している。DVの相談件数は、コロナ禍で増加傾向にある。
  • 今後のキャリアへの影響などを考えて、DVの被害に遭ったことを会社に伝えることができないまま退職してしまう被害者は少なくない。
  • DV被害者が働き続けられる環境を整えるためには、日ごろから安心して話せる関係性を築くこと、人事担当者やマネージャーがDVの実態について理解を深めることが欠かせない。
  • 男女の賃金格差の問題が、女性被害者がDVから抜け出すことを難しくする要因のひとつになっている。

 

 

<イベントのお知らせ>

シンシア(Cynthea)主催のイベント『企業におけるDV被害支援の必要性』が開催されます。 

日時:2022年5月27日(金)12:15-12:45 

※オンラインzoom配信 

詳細・申込はこちらhttps://findyourself0527.peatix.com/

 

 

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