2021年秋から、日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ(Woman Empowerment League)」が開幕します。日本に女性のプロスポーツを根づかせ、女性が活躍できるフィールドを広げる上で、大きな一歩になることが期待されます。
神奈川県大和市の女子サッカーチーム、大和シルフィードの大多和亮介さんに、女子スポーツ界が抱える課題や、女性活躍の未来についてお話を聞きました。
なでしこジャパンを、再び世界一に
編集部(以下、――):2021年秋から、WEリーグが開幕することになりました。なぜ、このタイミングなのでしょうか。
大多和さん(以下、敬称略):2011年のFIFA女子ワールドカップで、なでしこジャパンが優勝した場面を覚えていますか? 実はもう、来年であれから10年になるんです。
――時の流れの速さに驚きます。本当にあっという間ですね。
大多和:はい。10年間、欧米では、女子プロサッカーのリーグ運営や、ビジネスとしてのチーム経営が強化され、代表チームもどんどん強くなってきています。昨年の女子ワールドカップのベスト8は、優勝国のアメリカ以外、ヨーロッパの国で占められていました。
日本代表チームがヨーロッパのチームのように成長できなかった理由のひとつは、日本の国内リーグがアマチュアリーグのままで、多くの選手たちが仕事と練習を両立しなければならなかった環境だったことも、少なからず影響していると思います。
2011年のワールドカップ優勝から10年となる節目にプロリーグを立ち上げ、もう一度なでしこジャパンを世界一に導こう、日本に女子プロスポーツを根づかせ、女性活躍社会を牽引しようという主旨のもと、WEリーグが設立されることになったと理解しています。
――なでしこジャパンがワールドカップで優勝という快挙を成し遂げたにもかかわらず、すぐにプロリーグ設立ができなかったのは、なぜなのでしょうか。
大多和:個人的な考えですが、2019年、ラグビーワールドカップで起こったのとよく似た現象が起こったのではないかと思います。大会直後は大いに盛り上がり、社会現象になって、日本代表の選手たちがテレビ出演するようになりました。選手たちは有名人になりたかったわけではなく、ひとりでも多くの人に女子サッカーを知ってほしいという思いだったはずですが、その思いを長期的な観客動員やスポンサーシップに結びつけることができず、結果的にコンテンツとして消費されてしまったのかもしれません。
女子プロサッカーを通じて、社会をより良い場所に
――大多和さんは今年、横浜F・マリノスから大和シルフィードに移られたとうかがっています。
大多和:はい。マリノスでは、マーケティング責任者をつとめていました。ブランドの再構築や、新規ファンの獲得、どうしたら既存のファンがもっと試合に来てくれるかなどを考える役割です。プロスポーツクラブにとって、「ビジネス」の側面はもちろん重要ですが、マーケティングだけでは成り立ちません。素晴らしいサッカーを通じて人びとを感動させるという「競技力」、そして例えば大坂なおみ選手のように、社会にどんな価値や影響を与えていくかという「社会性」も欠かせません。
マリノスでは環境に恵まれ、最後の年に優勝を経験することができました。優勝を決めた試合では、Jリーグでは過去最高の観客動員数を記録することもできたので、今後は「社会性」という側面も大きく含めてプロスポーツを追求していきたいと思い、大和シルフィードに移ることを決めました。
――マリノスの素晴らしい環境から、あえて女子サッカーという新しいフィールドに飛び込むことに、迷いはありませんでしたか?
大多和:大和シルフィードは、1970年代、まだJリーグもなかった頃から地域で女子サッカーの普及に取り組んできた方々が創った、素晴らしい歴史を持っているクラブなんです。日本女子代表で活躍された川澄奈穂美選手や上尾野辺めぐみ選手など、多くの選手を輩出しています。社会性や女性活躍を語る上で、口だけでなくちゃんとした説得力を持っている。ありがたいことにいろいろなところからオファーをいただいた中で、このクラブでなら、ゼロから新しいことに挑戦できるかもしれないと思いました。
©︎大和シルフィード
2019年のFIFA女子ワールドカップで優勝したアメリカ代表チームのキャプテン、ミーガン・ラピノー選手のスピーチをご存知ですか? 男女の賃金格差を是正する活動や、LGBTQについてもっと多くの人に知ってもらおうという活動をしている選手なのですが、「世界をより良い場所にするのは私たちの責任」という彼女のメッセージにも背中を押されました。
ピッチの外での経験が、選手のレベルアップにつながる
――大多和さんから見て、大和シルフィードはどんなチームですか?
大多和:ひと言で言うと「闘うチーム」ですね。試合では最後まで走りきりますし、身体を張って守ることをいとわず、仲間とのコミュニケーションからも逃げません。皆、朝から一日フルタイムで働いた後に練習をこなし、最近は土日も毎週のように試合をしています。職場は行政や福祉関係、外資系企業などさまざまですが、本当に頭が下がります。
やはり根源に「サッカーが好き」という気持ちがあるのでしょうし、心のどこかで「いずれ環境さえ整えば、自分は誰にも負けない」というプロ意識も持っていると思います。スポーツを通じて人が感動するときって、最後は理屈じゃないんですよね。そういう意味で、理屈を超えた部分で人を感動させる力を持った選手たちだと思います。
©︎大和シルフィード
――女性スポーツ特有の課題を感じていることはありますか。
大多和:女性アスリートのパフォーマンスを最大化するという観点では、まだまだ日本は改善していける部分が大きいと思います。例えば海外では、選手の月経周期をアプリで管理して、科学的にチームとしてのパフォーマンスを上げていくというようなことも行われているそうです。シルフィードの藤巻監督は、なでしこリーグ唯一の女性監督なので、選手たちも話しやすいと思いますが、育成年代を指導する監督が男性の場合、そもそも指導者側に月経周期についての正しい知識がないまま、練習やコミュニケーションを行っている場合もあると思います。
――ビジネス界にも、同様の課題があると思います。企業が制度として生理休暇を設けていても、実際には上司に言い出しづらく、あまり利用されていない場合も多いようです。シルフィードには20代の選手が多いとのこと、今後は、出産や育児を経験する選手が出てくるかもしれませんね。
大多和:はい。女子サッカー界では今年、元なでしこジャパンの岩清水梓選手が出産されて話題になりました。プロになると、本人の状況にかかわらず、ピッチでの活躍をシビアに評価されることは事実ですが、「出産によって女性アスリートのパフォーマンスが下がる」と決めつけるのは根拠に乏しい偏見です。陸上の寺田明日香選手も、出産を経て、100m障害で日本新記録を更新しています。出産に限らず、ピッチの外でさまざまな経験をすることは、競技者としてのレベルアップにつながると考えています。シルフィードでも、家庭と両立したいという選手がいれば、もちろん全面的にサポートしていきたいと考えています。
――ビジネスの場合にも、女性が会社以外の場所で経験する出産や海外在住などの経験は、その後のキャリアに生きてくると思います。女性が活躍する上での課題、そして今後の可能性についても、スポーツ界とビジネス界で共通する部分がたくさんありそうです。
スポーツ界にもサーキュラーHRを
――私たちサーキュラーHRでは、女性を含む多様な人材が安心して働き、それぞれの価値を発揮できる仕組みを作りたいと考えています。
大多和:サーキュラーHRのような考え方は、今後スポーツ界にも必要になってくるだろうと感じます。従来のスポーツ界には「体育会でがんばってきた人は根性があるから、営業でもがんばれるだろう」というような精神論的な考え方があったと思うのですが、そこをもう少しかみ砕いて、スポーツをがんばってきた人たちにどんな強みがあるのか、どんな思考をしているのか、分析することができると思うのです。
ひと昔前のプロサッカー選手は、サッカー以外の活動をすると「サッカーだけに集中しろ」と批判されることもあったのですが、今は本田圭佑選手のようにビジネスに挑戦したり、プロ選手としての活動と並行して学び直しをしたりと、別の活動に取り組む選手が増えてきました。
――ミーガン・ラピノー選手のお話もありましたが、ピッチの外でのチームや選手の活動も、注目される時代になってきているのですね。
大多和:シルフィードでも、従来のサッカーファンだけではなく、「女性の活躍を応援したい」「活躍する女性を見ると勇気をもらえる」という新たな層に興味を持ってもらう工夫をしたいと考えています。選手たちにピンクリボンについて学んでもらったり、ビジネス界で活躍する女性たちとつながるためのイベントを企画したりと、接点を見つけるための活動もしていきたいです。多様なお客様にサッカーを楽しんでもらえるよう、障がいを持った方が利用しやすいスタジアム作りにも取り組んでいくつもりです。
©︎大和シルフィード
――大和シルフィードと大多和さんの今後の活躍がますます楽しみです!
大多和:大和シルフィードには、地域の女の子たちのために、長い間活動してきた歴史があります。もちろんWEリーグ参入を目指していますが、それだけが目標ではなく、プロサッカークラブとして、競技とビジネスと社会性を両立しながら仲間を増やし、地域との共創を目指していきたいです。
――今日は貴重なお話、ありがとうございました。
<サーキュラーHRへのヒント>
- なでしこジャパンが2011年のFIFA女子ワールドカップで優勝してからの10年間、日本の国内リーグはアマチュアリーグのままで、選手たちが仕事と練習を両立しなければならなかった。
- 2019年のFIFA女子ワールドカップで優勝したアメリカ代表チームのキャプテン、ミーガン・ラピノー選手のスピーチに代表されるように、スポーツの世界でも「社会性」が重視されるようになりつつある。
- 海外では、女子サッカー選手の月経周期をアプリで管理して、科学的にチームとしてのパフォーマンスを上げるなどの取り組みが行われているが、女性アスリートのパフォーマンスを最大化することに関して、日本はまだ遅れている。
- 働く女性にとって、育児や海外居住経験がキャリアにプラスになるのと同様、スポーツ選手にとっても、ピッチの外でさまざまな経験をすることが、競技者としてのレベルアップにつながる。
【プロフィール】
NPO法人大和シルフィード・スポーツクラブ統括本部長 大多和亮介
1982年生まれ。東京都出身。早稲田大学大学院人間科学研究科卒業後、横浜マリノス株式会社、学校法人まこと学園副園長を経て、2017年より横浜マリノス株式会社メディア&ブランディング部部長を務める。2020年2月にNPO法人大和シルフィード・スポーツクラブ統括本部長に就任。同年10月より現職。
<イベント開催のお知らせ>
10月19 日(月)「スポーツの観点から『働く女性のヘルスケア』について考える」イベントを開催します。大和シルフィードの藤巻監督をはじめ、 最先端の「フェムテック」を扱う企業の代表など、多彩なゲストをお招きして、女性の心と体について考える機会にしたいと考えています。
詳細とお申し込みはこちらから。
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