「社会問題をビジネスで解決する」ことを目指し、国内外で37のソーシャルビジネスを展開する株式会社ボーダレス・ジャパン。田口一成代表に、社会起業家を支援するボーダレスのビジネスモデルや、ユニークな働き方についてインタビューしました。
社会課題を解決するソーシャルビジネスの集合体
稲葉編集長(以下、敬称略):最初に、田口さんがボーダレス・ジャパンを立ち上げた経緯について、あらためて教えていただけますか?
田口さん(以下、敬称略):学生時代は途上国支援に携わりたいと思っていました。NGOやNPOの方々が資金不足に悩んでいることを知り、彼らに資金提供をする会社を立ち上げたいと考えるようになりました。利益が出ても出なくても、売り上げの1%を非営利活動に寄付するという仕組みの企業体を作ろうと思ったのです。大学卒業後、2年間別の会社で修業をして、2007年、25歳のときにボーダレス・ジャパンを創業しました。
とにかく困っている人の役に立ちたくて、当初は不動産仲介業を手がけていました。そんな中、家が借りられなくて困っている外国人にたくさん出会い、自分が保証人になって外国人が暮らせるシェアハウス事業を立ち上げました。初めは、人の役に立てれば事業内容は何でもいいと考えていたのですが、ビジネスは社会問題を直接解決する手段になり得るのではないかと気づき、少しずつソーシャルビジネスに主軸を移しました。
現在は、独立経営のソーシャルベンチャーが集まり、ノウハウや資金をグループでシェアする仕組みを整えて、世界各国に37社を展開しています。
<ボーダレス・ジャパンWebサイトより>
個人がやりたいことを実現するために会社を利用する
稲葉:会社の成長と共に、いろいろな目的を持つ人がジョインしてくると思います。新しいメンバーに、心構えとして伝えていることはありますか。
田口:私は、会社のために人が存在するとは思っていないんです。個人がやりたいことを実現するために、会社を利用すればいいと考えています。「自分はこれがやりたい」ということを持っていてほしいとはつねづね伝えていますね。私が直接統率しているのは、事業立ち上げをサポートする「スタートアップスタジオ」だけで、採用なども各社に任せているので、各社の社員と話すことはあまりありません。
こちらからお願いして入社してもらうというよりも、やりたいことがある個人が、ボーダレスという会社を使ってそれを実現するのが理想だと考えているので、辞めたいという人を説得して引きとめることもしません。離職率も指標にしていません。会社があって社員がいるというより、同じコミュニティで働く人間同士の自由な関係というスタンスです。
稲葉:面白いですね。入社当初は個人がそれぞれビジョンを持っていても、トップが語るビジョンに合わせ、次第に自分の想いを曲げてしまうということはよくあると思うのですが、ボーダレスでは、あえて田口さんと社員一人ひとりとの関わりを密にしないことで、大きいゴールは共有しつつも、多様なベクトルをつぶさないようにしているのですね。
一方で、入った会社のビジョンに合わせるのではなく、会社員であっても個人事業主のように自分のビジョンや想いを燃やして働き続けるのは、楽しさだけでなく厳しいことでもありますよね。
田口:仰る通りだと思います。ボーダレスでは、誰もが「あなたは何がしたいの?」と問われます。「どうしたらいいですか?」と正解を聞きにくる人に対しては「僕は答えを知らないよ」と答えています。ボーダレスは、個人がやりたいことを、実験と失敗を繰り返しながら実現していく場所だと考えています。
社会起業家がどんどん増えていくエコシステムを作りたい
稲葉:ボーダレスはなぜ、現在のような組織の形をとるようになったのですか?
田口:創業期は一般的な会社と同じように、トップダウンで事業を伸ばしていきました。会社が伸びていく時期には、仕事が楽しくてチームもどんどんのってきます。部活のような雰囲気で、みんなで徹夜しながら、毎月2~3棟のシェアハウスを建てていた時期もあります。
少し落ち着いてきたタイミングで、カンパニー制を採用しました。ひとつの事業を軌道に乗せるまでには、だいだい1年くらいかかります。私のトップダウンで事業を立ち上げて、1年ほど経ったら人に任せるという形をとり始めました。
1年に1つのペースだと、30年かかってもあと30の事業しか生み出せないと気づいたときに、「あまり世の中に貢献できないかもしれない」という焦燥感を感じたのです。自分がトップダウンですべての事業を立ち上げるのではなく、これまで培ったノウハウを活かし、やりたいことがある人をサポートする仕組みを作ろうと考えました。想いはあるけれど実現する方法がわからないという若者たちが挑戦できる環境を整えるために、どんどん自分のスタイルを変えてきたという感じです。
稲葉:37もの事業があると、中には壁にぶつかってしまう人もいると思います。そんなとき、田口さんはどうしていますか。
田口:やってみて初めてわかることがあると思うので、「辞めるのは自由」「無理をしなくていい」というのが私の基本スタンスです。勇気が足りなくて一歩踏み出せないという人はもちろんサポートしますが、事業を何十も立ち上げてきた私と、初めてチャレンジする人では経験値が違うので、どうしても教師と生徒のような関係になってしまいます。ボーダレスでは、4~5人一組で社長同士の会を作って、悩んだときにはその中で相談し合える仕組みにしています。一個人に依存するシステムは長続きしません。私が作りたいのは、一個人の権威や能力に依存することなく、社会起業家がどんどん増えていくエコシステムなのです。
<社長同士が集まるミーティングの様子(ボーダレス・ジャパン提供)>
失敗は責めない。常に新しい「実験」を
稲葉:私たちサーキュラーHRでは、働き方の「フェアトレード」のようなことを実現したいと思っています。人材は、年を重ね経験を積むことで価値が向上するというほかの資源にはない特徴を持っていますが、日本では、働く人が自分自身に投資することが一般的ではありません。その点、ボーダレスではどのように考えていますか。
田口:人材を「資産」としてとらえるという考え方は面白いですね。相手をコントロールすることは難しいですが、相手が学ぼうとする意思を持つところまではサポートできるかなと思います。たとえばボーダレスでは、ある仕事ができるようになったら、まったく別の仕事を任せるということがよくあります。私のチームでは、一人が同じ業務を3~4ヶ月以上続けることはあまりないです。ひとつの業務を究めるというより、どんどん新しいことに挑戦して、個人の可能性を広げていくイメージです。
稲葉:プロフェッショナルの育成より、常に個人が成長している状態をつくることに重点を置いているのですね。
田口:そうですね。ボーダレスには3つの合言葉、「ボーダレスイムズ」があります。1つ目は「ファミリーワーク」。家族のように助け合って働くこと。2つ目は「エコロジーファースト」。すべてにおいて環境第一の事業活動を行うこと。そして3つ目が「Something New」。常に社会にとってより良いことを考え、挑戦し続けるということです。事業だけではなく、一個人の仕事でも、常に新しいチャレンジをすることが求められます。そのために、失敗は絶対に責めないということを徹底しています。まずはトライすることに意味があると考えています。
稲葉:失敗を許容するという視点は、多くの日本企業に欠けている部分かもしれませんね。
田口:そうですね。やるべきことは答えを探すことではなく、新たな実験をすることです。失敗しても実験を重ねる中で発見がありますし、その発見を楽しむことが大切だと考えています。今日一日だけで、私は「実験」という言葉を10回は言っていますね。組織のトップが、「ナイストライ」「次の実験をやってみよう」と伝えたいメッセージを毎日言葉にすることが大切ではないでしょうか。
地域で小さなビジネスに取り組む起業家を支援する
稲葉:今後、ボーダレス・ジャパンはどんな方向性を目指していきたいと考えていますか?
田口:大きい話としては、自走できる社会起業家が増えていくことが大切だと考えています。そのために、誰かに依存するのではなく互いに助け合うエコシステムをつくり、日本から世界にノウハウを広げていくというのが、今やりたいことです。
足元の話としては、ローカルソーシャルビジネスに注目しています。人口や都市機能が東京に一極集中している状態から、地方に分散していく流れの中で、地域の課題を解決することの重要性が高まっています。地域の社会起業家をサポートするために、ボーダレスの仕組みを役立てられるのではないかと考えています。
とにかく事業を大きくすることに重きが置かれていた時代もありますが、これからは地域の時代、小さな事業の時代です。ボーダレスでも、全体の数字は見ていますが、個別の会社の売り上げはあまり重視していません。童話の「スイミー」のように、お互いに補い合えればいいと考えています。大切なのは、みんなが純粋に人のため、社会のためにがんばっているか。人が困っているときに、自分の時間やスキルをシェアできるかということではないでしょうか。
稲葉:さまざまな社会課題がある中で、今、田口さんが特に関心を持っているのはどんな分野ですか?
田口:環境課題のことですね。子供たちの世代に後ろ指をさされないよう、CO2削減や地球温暖化防止にベストを尽くしたいと思っています。いろいろやりたいことはあるのですが、まずこの1年は世代としての責任を果たすため、今自分にできることを全力でやりたいです。
稲葉:活動を拝見していても、本当に命を削って「ハチドリ電力」の事業に取り組んでいらっしゃることが伝わってきます。お体を大切に、これからもがんばってください。今日は貴重なお話、ありがとうございました。
<ハチドリ電力Webサイトより>
<サーキュラーHRへのヒント>
- ボーダレス・ジャパンでは、独立経営のソーシャルベンチャーが集まり、ノウハウや資金をグループでシェアする仕組みを整えて、世界各国に37社を展開している。
- 一個人の権威や能力に依存するトップダウン方式ではなく、やりたいことがある人をサポートする仕組みを作ることで、社会起業家がどんどん増えていくエコシステムを目指している。
- メンバーの失敗は責めない。組織のトップが、「ナイストライ」「次の実験をやってみよう」など、伝えたいメッセージを毎日言葉にすることが大切。
- これからは地域で小さなビジネスがたくさん生まれる時代。ボーダレス・ジャパンでも、ローカルソーシャルビジネスに注目している。
【プロフィール】
株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長 田口一成
1980年、福岡県生まれ。19歳のとき、アフリカで栄養失調に苦しむ子どもの映像を見て衝撃を受け、途上国支援に携わることを決意。卒業後、株式会社ミスミに入社。2007年、ボーダレス・ジャパンを創業。一つでも多くの社会問題を解決するため、社会起業家を支援するシステムを構築し、現在、世界各国で37社のソーシャルビジネスを展開している。2019年期の売り上げはグループ全体で54億円、従業員数は1,300人を超え、成長を続けている。
※ハチドリ電力のサイトにも、稲葉編集長のインタビュー記事を掲載していただきました。
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