福岡県の南東部に位置する「うきは市」。多くの地方都市同様、地域の高齢化率は30%を超えています。そんなうきは市で、「75歳以上のばあちゃんたちが働ける会社」を作った大熊充さん。孤立や生活困窮に悩む「ばあちゃんたち」を笑顔にしたいと2019年に起業し、このほど、農水省主催の「INACOME(イナカム)ビジネスコンテスト」で最優秀賞に輝きました。
どんな事業を手がけているのか、おばあちゃんたちのマネジメントはどうしているのか、気になることばかりです。シニア人材のパワーを引き出し、「究極のサーキュラーHR」を体現している「うきはの宝株式会社」代表取締役の大熊さんに、お話をうかがいました。
辛いときに笑わせてくれたばあちゃんたちを笑顔にしたい
ーーさっそくですが、大熊さんはなぜおばあちゃんたちが活躍する会社を設立しようと考えたのですか。
大熊充さん(以下、敬称略):もともと、地元のうきは市でデザイン事務所を経営していました。おもに都会の企業さんから仕事を請け負っていたのですが、5年くらい前から、これまで培ってきたことを活かして、地域のために直接何かできないかと考えるようになったのです。福岡のデザイン専門学校で、デザインの力で社会課題を解決する「ソーシャルデザイン」を学び始めました。
その学校で、宮崎県日南市の油津商店街を盛り上げる活動をしていた木藤亮太さんのお話を聞く機会がありました。「社会課題を解決するのは、優秀な人とはかぎらない。優秀じゃなくても課題解決をしようと旗を振れば誰でも『勇者』になれる。勇者になれば仲間があらわれる」という言葉が心に響いたのです。「自分自身は優秀じゃないと思い続けてたが、自分が旗を振ればいいのか。よし、ばあちゃんたちを助けに行くぞ!」と思いました。
ーーおばあちゃんたちをサポートするということは、最初から決めていたのですか?
そのときに思い出したのは、20代のころ、バイク事故で入院したときのことでした。入院は4年間におよび、「夢を奪われた」「世の中から必要とされていない」という思いで、精神的にかなり追い詰められていました。そんなとき、同じ病院に入院していたばあちゃんたちが、めちゃくちゃ話しかけてくれたんです。気持ちが落ち込んでいたこともあり、初めは無視していたのですが、お構いなしに毎日話しかけてくる。最後には、とうとう爆笑してしまいました。ばあちゃんたちが、私の心の壁を乗り越えてきて笑わせてくれた。だから今度は、自分がばあちゃんたちを笑顔にする番だと思ったのです。
ばあちゃんたちが働ける場を作る
ーーおばあちゃんたちが働ける会社というアイディアは、どうやって思いついたのですか。
大熊:ばあちゃんたちが何を求めているのかを知るため、最初はボランティアで無料送迎の活動を始めました。地方には、ひとり暮らしで車の運転も難しい、いわゆる「買い物弱者」と呼ばれる人たちがいます。買い物の送迎をしながら150人くらいのお年寄りと対話を重ねて、年金だけでは生活できない人たちが増えていることがわかりました。「月にあと2〜3万円あれば、暮らしが楽になる」という話を聞いて、その金額なら、働けば作れるのではないかと思いました。
うきはで暮らす高齢女性の多くが、農家の嫁として生きてきて、ほとんど社会に出たことがないという状況があります。年齢を重ねてから働こうと思っても、雇ってくれる勤め先がありません。そこでまずは、75歳以上のばあちゃんたちが働ける場を作ることにしたのです。声をかけて、集まってくれたばあちゃんたち、サポートしてくれるスタッフと話し合いながら、どんなことをやるか決めていきました。
ーー現在は、どのような事業を手がけているのですか。
大熊:ばあちゃんの手料理・郷土料理のごはんが食べられる「ばあちゃん食堂」(コロナ禍のため休業中)の運営や、おむすび・お惣菜の製造、編み物ブランドの運営も手がけています。おむすびなどの商品は、週末限定で道の駅うきはでの販売を行っていますが、今後は販売店を増やして、通販商品の開発も始めています。食事に困っている人たちに、ばあちゃんの手作りごはんを届ける「ジーバーイーツ」も実現したいと思っています。賛同してくれる地元の仲間も増えてきたので、一緒に地域の課題を解決していきたいです。
「必要とされる」ことが生きがいに
ーー夢は広がりますね。実際に仕事を始めて、おばあちゃんたちに変化はありましたか。
大熊:身体を動かして仕事をし、コミュニケーションを取ることで、杖をついていたばあちゃんたちが杖なしで働くようになるなど、目に見える変化も起こっています。「仲間に必要とされている」「お客さんが待ってくれている」という思いが、やりがいや生きがいにつながっているのだと思います。
大熊:お給料は日当で手渡しするのですが、仕事を終えたばあちゃんを車で家まで送る途中、稼いだお金で好きなお酒を買って飲んでいる姿を見たときは嬉しかったですね。それまでは楽しみのために何かを買う余裕もなかった方なのですが、小さいけれど確かに経済循環が生まれていることを実感しました。
ーーそれは嬉しいですね。おばあちゃんたちをマネジメントするとなると、若い人たちが集まる会社とはかなり違うと思うのですが、大変だったことはありますか。
大熊:今、70代を中心に86歳まで、15人のばあちゃんが集まって仕事をしています。対話を重ねてきてお互いの思いもよく知っているし、ビジネスプランコンテストでも高く評価されている素晴らしいチームなのですが、ときどきけんかが起こるのが悩みの種です。きっかけは、「挨拶の仕方」や「私だけお土産やお菓子をもらっていない」など、私から見ると些細なことなのですが。
ただ、大先輩であるばあちゃんたちに私が「教育」をするというのも違うという気がしていて。事業を始めた当初は、シフト表を作って勤怠管理をしようとしていたのですが、約束を忘れたり、体調が変わって急に来られなくなったりすることもあるんです。今は1日3.5時間を上限に、自由出勤という形にしています。型にはめようとするのではなく、寄り添って対話を重ねながら、ばあちゃんたちが働きやすいように変化させていくことが大切だと思っています。
全国に「ばあちゃん同盟」を広めたい
ーー私たちは「サーキュラーHR」というプロジェクトを通じて、誰ひとり取り残さない社会の実現を目指しています。御社の取り組みは究極のサーキュラーHRだと思いました。これからシニア人材を活用したいと考えている企業の経営者や人事担当者の方に向けて、ぜひアドバイスをお願いします。
大熊:サーキュラーHRの考え方には共感します。今、日本には、15歳以上で収入を伴う仕事をしていない人が合わせて約500万人以上いるんです(※)。その中には高齢者や障がいのある方など、何らかの事情でフルタイムでは働けない人も含まれています。これらの人たちが特性を生かして働けるように仕事を創出するのが経営者の役割ではないでしょうか。業務を細分化して切り出すなど、フルタイムでバリバリ働けない人でもできるように仕事を変換すれば、人手不足の解消につながるかもしれません。多様な人たちとフラットに対話し、寄り添うことで、それぞれにマッチした仕組みを作ることは可能だと思います。
※総務省労働力調査(2020年7〜9月期)より
ーー最後に、うきはの宝株式会社の事業を通じて、大熊さんはどんな未来を実現したいと考えていますか?
大熊:うきはの宝株式会社は、福岡県うきは市のばあちゃんたちに「生きがい」と「収入増」を創るという二つの明確な目的で設立しました。将来的には、うきは市のみならず全国各地にばあちゃんたちが働ける会社ができて「ばあちゃん同盟」を結べるような形を望んでいます。ばあちゃんたちの会社が軌道に乗ったら、今度はじいちゃんたちの会社も作りたいです。元気な高齢者が働ける仕組みを整えることで、持続的に利益を残すことは可能だと考えています。高齢者が適度に働いて生きがいや幸せを感じることができ、収入が生まれるのは、個人にとっても、社会にとってもいいことだと思うのです。
「誰かがやってくれるだろう」ではなく、思い立った人がやる。一見「面倒くさい」ことを合理化して利益の出る事業につなげてこそ、社会的な意味があるのではないでしょうか。
ーー今日はとても素敵なお話、ありがとうございました。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 地方の過疎地域では、孤立や生活困窮に悩む高齢者が増えている。「うきはの宝株式会社」では、高齢女性が月2〜3万円の収入を得ることを目指し、食品の製造卸、食堂経営などの事業を行っている。
- 「仲間に必要とされている」「お客さんが待ってくれている」という思いが、働く高齢女性たちのやりがいや生きがいにつながっている。
- シニア人材に力を発揮してもらうには、寄り添って対話を重ねながら、当事者が働きやすい仕組みを作っていくことが大切。
- 多様な人材が特性を生かして働ける仕組みを整えることが経営者の役割。仕組みを作れば、持続的に利益を出していくことは可能である。
【プロフィール】
うきはの宝株式会社 代表取締役 大熊充
1980年生まれ。福岡県うきは市出身。赤門自動車整備大学校ハーレーダビットソン科卒。バイク関連業界を経て、大熊Webデザイン事務所を立ち上げる。2017年から日本デザイナー学院九州校に入学。ソーシャルデザインを学ぶかたわら、ボーダレスアカデミー福岡校を修了。2019年10月、うきはの宝株式会社を設立。2020年2月、福岡県主催の「よかとこビジネスプランコンテスト」大賞を受賞。2021年2月、農水省主催の「INACOME(イナカム)ビジネスコンテスト」最優秀賞を受賞。
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