コロナの流行が落ち着きを見せる中で、リモートワーク中心の働き方を変更して出社の比率を増やす企業も増えています。リモートと出社を混ぜることから「ハイブリッドワーク」と呼ばれ、ハーバード・ビジネス・レビューでも特集が組まれるほど注目をされています。
「ハイブリッドワーク」は”働く場所”のハイブリッド化ですが、”働き方”や”働くことそのもの”のハイブリッド化について、考えたことはあるでしょうか?
サーキュラーHRの稲葉編集長は、6年以上前から「ハイブリッドキャリア」という言葉を用いて、これからの働き方をうったえかけてきました。
本業のほかに別の仕事をする「パラレルキャリア」という言葉は一般的になりつつありますが、この概念をさらに進化させたのが「ハイブリッドキャリア」です。
コロナ後の働き方が模索されている今、”働く場所”ではなく”働き方”や”働くことそのもの”をどう変化させていけるのか、あらためて考えてみませんか?
「パラレルキャリア」と「ハイブリッドキャリア」はどう違うの?
編集部・笠原:サーキュラーHRプロジェクトがスタートして1年9ヶ月が経ちました。コロナ禍の影響もあり、働き方に対する価値観が大きく変わっていることを感じます。今日はこれからの時代の働き方について、あらためててつさん(編集長)とお話していきたいと思います。てつさんは2015年に、TEDxSakuというイベントに登壇して、ハイブリッドキャリアについてお話されたのですよね。
稲葉編集長:そうですね。当時はまだいわゆる「働き方改革」の前であり、もちろんコロナの前です。「パラレルキャリア」という言葉もあまり知られていない状況で、そのような働き方をしているだけで珍しがられる時代でした。私自身は会社員として働きながら、本業と並行して第二・第三のワークキャリア・ライフキャリアを築くという生き方をずっと続けていたので、そんな働き方の楽しさを伝えて広めていくことに、使命感を持って取り組んでいました。
ただ、そもそもパラレルキャリアという言葉に違和感があったんです。「パラレル」とは、二つのものが並行していて永遠に交わらないことです。でも、実際のキャリアでは、本業と第二・第三のキャリアが濃厚にかかわり混ざり合って、個人の経験や人格がつくられていく。「会社の仕事」と「もうひとつのキャリア」を切り分けてしまったら、経験を生かせないどころか、両立のためにがんばりすぎて疲れてしまったり、人格が分裂してしまう可能性もあります。実際に「パラレルキャリア疲れ」の相談も多く受けています。だからパラレルキャリアではなく、「ハイブリッドキャリア」を目指そうということを講演ではお話しました。
笠原:ハイブリッドキャリアって、どんな考え方なんですか。
稲葉:「ハイブリッド」という言葉は、異なるものの組み合わせ、かけ合わせからできた物質や生き物をあらわしています。仕事A(本業)と仕事B・C(複業・もうひとつのキャリア)が混交し呼応しながら、らせんのように人の人生の経験値を作っていくのがハイブリッドキャリアです。
たとえば私は、サーキュラーHRのような人事・HR関連のプロジェクトに取り組みながら、同時にサステナブル・エシカル商品のセレクトショップでプロデューサーもつとめています。一見、まったく関係がないように見えるかもしれません。でも、「人」も資源であり、使い捨てにせず大切に生かしていかなければならないという視点に立つと、密接につながっているんです。人事・HRの仕事の経験をサステナブル・エシカルの仕事に活かせますし、逆にサステナブル・エシカルの仕事で知った知識を人事・HRの仕事に当てはめることもできます。
「サーキュラーHR」もサステナブル・エシカルの領域で広まっている「サーキュラーエコノミー」という考え方・ビジネスモデルを人事・HRに活用することで見えてきたコンセプトなので、まさに「ハイブリッドキャリア」の産物と言えます。
笠原:私も、Warisでの仕事と地域活動を両方やっていますが、本業である営業のスキルが地域での活動に生かされることも多くて、「全部つながっているんだなあ」と実感しています。
「職種多様性」がある社会は、変化に強い
笠原:なぜ、今、ハイブリッドキャリアが必要なのでしょうか。
稲葉:ひとつの会社で働き続けるという画一的な働き方が一般的になったのは、実は戦後のことで、歴史的に見るとごく最近なんです。昔は日本にも、さまざまな分野の職人や専門職の人びとがいました。職種の数はどんどん減り続け、現代では「職種/職業の多様性」が失われつつある状況です。
生物の世界でも、この半世紀の間に、世界の生物多様性が68%減少したと言われています(注1)。生物が人類により家畜化されて多様性を失うのと同様に、人間も会社員という画一的な働き方に押しこめられると、本来持っている個性の豊かさやしなやかな強さが発揮されにくくなります。多様性が失われると、変化によるダメージを受けやすくなるのも、生物と同じです。
コロナばかりに気をとられがちでしたが、私たちはこれからシンギュラリティを迎えてAIと働くようになり、地球環境回復のためのサステナビリティの要素も必須になり、宇宙をフロンティアとしたビジネスも考えなければいけません。VUCAの極みのような状況の中で新しい社会を作っていくためには、職種や職業の多様性を回復する必要があると思います。そのために、さまざまな個性や経験をかけ合わせた「雑種」、つまりハイブリッドキャリアが必要なのです。企業の中でも、多様な個人がそれぞれのオリジナリティを発揮することができれば、変化に強い組織へと変わっていけるはずです。
笠原:サーキュラーHRを運営するWarisは、もともとリモートワークなど柔軟性の高い働き方を取り入れていて、正社員や業務委託など、雇用形態も会社と相談しながら個人の希望である程度選べます。そのためハイブリッドキャリアを実践している人が多く、コロナ禍でも、以前とあまり変わりなく業務ができていたのが印象的でした。
稲葉:ハイブリッドキャリアの人は、ひとつの企業で働き続けるだけでは得られない経験やスキルを持っています。自ら学び、成長するモチベーションが高い人が多いでしょう。世の中の動きに敏感で、変化に強いことも特徴だと思います。ハイブリッドキャリアの人は、積極的に外に出て経験を積み、自律的に自分という人的資源の価値を高めてくれる、会社にとって非常にすぐれた「資産」という見方もできるのではないでしょうか。
「キャリア=会社で働くこと」とはかぎらない
笠原:TEDの講演から6年が経って、ハイブリッドキャリアをめぐる状況は変わってきたと思いますか。
稲葉:2016年ごろから、パラレルキャリアの考え方がどんどん広がっていきました。働き方改革やコロナを経て、働き方の選択肢はたしかに増えていると思います。しかしながら多様な個人が持つオリジナリティをどう測り、活用するかや、自社内で「職種多様性」をどう増やしていくのかなどについて工夫をしている企業は少ないと感じます。
ハイブリッド化によって人的資源がいかに豊かに、ユニークになったとしても、それを活かす取り組みがなければ、それは人を使いこなせない・無駄使いしている=人材ロスといえるでしょう。そんな人材ロスはいまだ各所で起こっていると思います。
働き方改革やコロナを経て、働き方の選択肢は増えましたが、企業は多様化した人的資源の活かし方にまだまだ悩んでいる最中なのではないでしょうか。
笠原:個人としても、何となく難しそうと感じている人は多いと思います。
稲葉:日本では「キャリア=会社で働くこと」と考えている人がとても多いです。でも、本当はお金を得る仕事以外にも、キャリアに通じる要素はたくさんあります。ワークキャリアだけでなく、子育てや介護、地元コミュニティでの活動、プロボノやボランティアなどのライフキャリアも立派なキャリアです。個人には、人種や障がいなど目に見える多様性だけでなく、セクシュアリティや宗教、趣味などさまざまな多様性があって、そのすべてが複合的に絡み合い、唯一無二の人格、生き方を形成しています。その全体を「キャリア」と考えるべきではないかと私は思います。意識するかどうかにかかわらず、実は誰でもハイブリッドキャリアを生きているとも言えます。
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稲葉:映画やアニメのスーパーヒーローが、ふだんは会社員、事件が起こると変身して正義の味方になるという設定はよくありますよね。これもある意味、ハイブリッドキャリアと言えるのではないでしょうか。
笠原:面白いですね! 今の日本では、特に女性の問題として、家事育児負担が大きかったり、給与水準が低かったりして、パラレルキャリアを選ばざるを得ない人が多いことも問題です。高い能力や豊かな経験を持っていても、組織の中では管理職になれないからフリーランスになり、専門性を高める選択をしたという女性もたくさん見てきました。
稲葉:コロナ禍でリモートワークが進みましたが、家庭が仕事に侵食され、疲労困憊している女性も多いようです。しわ寄せが女性に偏っているのですね。これは難しい問題だと思っています。サンドラ・ヘフェリンさんがこの点についての課題提起をしてくださっているので、ぜひ記事をお読みいただきたいです。
「男性と女性」「仕事とプライベート」「オフィスと自宅」など、これまできっぱりと線が引かれていた領域の境界線が曖昧になり、パラレルからハイブリッドへ変わりつつある時代です。一方で、特に現在のような変革期には、線引きが曖昧になることで誰かが犠牲になったり生きにくくなったりしないよう、「ハイブリッド具合」を調整しながらちょうどいい混ざり具合を見つけ出すことが必要だと思います。
<サーキュラーHRへのヒント>
- ハイブリッドキャリアでは、本業ともうひとつのキャリアが混交しながら、らせん状に進化していく。
- 新しい社会を作っていくためには、職種や職業の多様性を回復する必要がある。
- 多様な個人がそれぞれのオリジナリティを発揮することができる組織は、変化に強い。
- 「キャリア=会社で働くこと」ではない。子育てや介護、プロボノやボランティアのような活動もひとつのキャリアと言える。
【プロフィール】
株式会社Waris リクルーティングコンサルタント/サーキュラーHR編集長
稲葉哲治
開成、東京大学から一転、中退して社会的ひきこもりを経験。当事者性を活かしてセゾングループ人材会社にてNPO協働事業等を担当後、日立グループにて新規事業、若者キャリア支援会社起業、人事、人材コンサルタントを経て、日本最大の人事・HRメディアにて人事コミュニティ運営等に従事。現在は㈱Warisコンサルタントの他、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するNPO法人GEWEL理事、ワールドカフェ・OSTファシリテーターとして活動中。
エシカルを軸にソーシャルセクターでも活動し、フィリピン少数民族と作るブランド「EDAYA」やセレクトショップ「エシカルペイフォワード」、「エシカル男子の会」、参加型社会投資イベント「SOIF」などで人と社会の関わり方の変革を行う他、ソーシャルビジネスのハンズオンインキュベーションも実施。TEDxSaku登壇「ハイブリッドキャリアのすすめ」。
株式会社Waris リクルーティングコンサルタント/サーキュラーHR編集部
笠原香織
1987年生まれ。2011年に東京農工大学農学部卒業後、IT×太陽光発電領域のベンチャー企業にて法人営業を経験。その後、研修会社、EAP、株式会社Warisと人材業界3社を経験。
法人営業として、企業内人材育成・メンタルヘルス・採用・ダイバーシティ推進などのテーマで企業支援を行う。
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