経済価値と社会価値の双方を生み出す「サステナビリティ経営」が世界的な潮流となる昨今、企業は環境や人権などさまざまな側面から取り組みを進めています。
その土台ともいえるSDGsは「誰⼀⼈取り残さない」社会の実現を基本理念としていますが、現状は新しい社会経済・組織の仕組みや働き方への移行が進む中で「取り残されてしまいがちな人びと」との分断を懸念する声も。企業はこうした人びとをも巻き込んだ新たな社会のあり方を考えていかなければなりません。
誰もが平等に参画できる社会を実現していくために重要なことは何か。既存の価値やあり方を打ち砕く新たな仕組みづくりを行う企業や団体を取材し、本という手段で広く深く伝え続けている編集者の廣畑達也さんにお話をうかがいました。
取り残されてしまいがちな人びとを輪の中に取り込む
稲葉編集長:はじめに、廣畑さんのこれまでの活動について教えてください。
廣畑達也さん(以下、敬称略):昔から本や本に囲まれた空間が好きだったこともあり、大学生のときに書店でアルバイトを始めました。その後、出版社に就職し、書店営業職を経て、現在は書籍を中心とした編集の仕事をしています。社会的企業(利益を生むだけでなく、社会課題の解決を目指す企業)やソーシャルイノベーションへの関心が高く、長年にわたり取材を続けています。
例えば、2015年に取材したJEPLAN(旧:日本環境設計)は、創業時からリサイクルが経済の仕組みにしっかりと組み込まれた社会を目指し、既存の枠にとらわれないさまざまな取り組みを行っています。日本のペットボトルリサイクル率は85%以上と世界でもトップレベルなのですが、実は大半が焼却炉で燃やされ、その熱をエネルギーとして回収するサーマルリサイクルなのです。そこで、JEPLANが生み出したのが、水平リサイクル「ボトルtoボトル」。資源を化学的に分解するケミカルリサイクルによって使用済みペットボトルから同等の品質のペットボトルをつくり、再利用する仕組みです。ネーミングも含め、消費者にとって非常にわかりやすい仕組みだと思いました。このように誰もが参加しやすい・したくなるような社会の仕組みづくりを行っている人や組織が好きで、その活動を追いかけています。
稲葉:廣畑さんは、ともすると社会から取り残されてしまいがちな人びとを輪の中に取り込む仕組みづくりに強い関心があるように感じましたが、そのあたりは自覚されていますか。
廣畑:実は、その点をかなり意識して行動しています。最近、パーマカルチャー(永続可能な循環型の農業をもとに、人と自然がともに豊かになるような関係性を築いていくための概念)という言葉をよく耳にしますが、それを実践できなければダメなのかというと、そうではありません。先進的な取り組みをする人と同じくらい、誰もが実践できる仕組み、例えばコンポストをもっと多くの人びとに使ってもらえるような仕組みをつくることも大切です。そうした仕組みにアプローチする活動はなかなか社会からは見えづらいこともあり、私はそうした方たちのことを広く伝えることで、社会に選択肢を増やしていきたいと考えています。
サーキュラーエコノミーなど社会をよくするための取り組みは倫理的な行動を求める声が多いのですが、義務感だけでは続かないこともあります。日々の生活の中で自然と取り組めること、楽しいからやっている人を増やしていくほうが、継続的な取り組みにつながりやすいのではないでしょうか。
知恵やノウハウを伝えることで、分断を埋める
稲葉:新しい社会経済の仕組みや働き方への移行が進む中で、気になるのが分断です。環境を配慮したサステナブルな暮らしや、リモートワークの浸透でより身近な選択肢となった二拠点生活などは、経済的にも豊かで心に余裕があるからこそできることだという意見も一部あります。今の社会のあり方は、いわゆる時代の最先端を行く人びとと、例えば電気代も払えず明日の暮らしを心配している人、日々を生きるだけで精一杯の人たちとの分断を深めてしまうのではないかと懸念しています。
廣畑:分断は情報の偏りからも生まれます。そのことを痛感させられたのが、以前取材したユーグレナの取り組みです。同社は「ミドリムシ」の大量培養技術で世界の食料問題などの解決に挑む、いまや世界が注目する企業ですが、すべては代表取締役社長である出雲充さんの気付きから始まりました。18歳のときにインターンシップでバングラディッシュを訪れた出雲さんは、「飢餓に苦しんでいる人たちを助けたい」という想いからたくさんのクッキーバーを鞄に詰めていったそうです。
ところが、現実には誰もお腹を空かせていなかった。なぜなら、みんなお米をたっぷり食べていたからです。同国の米の自給率は100%。問題は、肉・卵・乳製品や野菜・果物など、炭水化物以外の栄養源となる食品が不足していたことでした。タンパク質、ビタミン、ミネラルなどを含む食材は鮮度が命であり、それらを新鮮なまま届ける仕組みが同国にはなかったのです。ガツンと頭を殴られたようなショックを受けて帰国した出雲さんは、さまざまな栄養素がひとつに詰まった“素材”を探し求め、出会ったのがミドリムシでした。
私たちは「食料危機ならカロリーの高い食物を寄付しよう」といった発想に陥りがちです。しかし、お腹がいっぱいでも、栄養失調で命を落とす人はいる。その現状を知り、変えたいと行動を起こす。これは出雲さん自らが現地に足を運び、自分の目で見て感じたからこそできたことだと思います。
知ることで、変わる行動がある。だからこそ、私は伝えることで分断を埋めていきたいと思い、編集の仕事をしています。ユーグレナのように素晴らしい事例が実はあちこちに転がっていますが、多くの人は、もし知ることができれば自分の行動が変わる可能性のあるさまざまな取り組みのことを知りません。それを拾い上げて、本という手段で広く深く伝え、知恵やノウハウが社会に浸透していけば、溝も少しずつ埋まっていくのではないでしょうか。
既存の枠にとらわれない書店との出会いが、社会の見方を変えてくれた
稲葉:自分の足で歩いて回るからこそ見えてくる世界はありますよね。ただ、それにも限界があって、一人が色々な世界を知っているわけではない。「自分はこういう世界を知っているから伝えたい」という想いが、現在のメディアの多様化や民主化につながっていると感じます。
廣畑:ここ数年で私が書店を通して学んだことは、その好例のように思います。たとえば、今私が暮らしている西荻窪には、「BREWBOOKS(ブリューブックス)」という、「麦酒と書斎のある本屋」というコンセプトの書店があります。週刊誌が置いてあったりするわけでも、新刊がすべて揃うわけでもありませんが、読書会や句会なども積極的に開催し、本と人をつないでいます。マクロな視点で業界全体を見ると、日本の書店数は減り続けています。しかし、この書店との出会い、そして客として集うさまざまな人との出会いが、実は本が好きでその火を絶やさないよう活動している人がたくさんいるんだ、ということを気付かせてくれました。
こうした解像度で世の中を見渡してみると、本を届ける担い手になろうという人や、そういう人に場所を提供している人が結構あるのです。吉祥寺の「ブックマンション」も、そのひとつ。31cm四方の棚一つひとつに、それぞれの出店者がセレクトした本が並ぶシェア型の本屋です。棚一つから気軽に書店を始められる新しい取り組みであり、オーナーの中西功さんは「本に携わる人を増やしていきたい」という想いで取り組んでいます。私自身も見ているだけでなくやってみようと、このお店の棚を一つ借りて「小さな本屋」を運営しています。また、最近は杉並区の善福寺公園近くの木造アパートを借りて蔵書室も始めました。「本が好き」という共通項を通じ、さまざまな業種業界の方々と出会えるので、見える世界がさらに広がっています。
必要なのは「社会的弱者を救い上げる」という視点からの脱却
稲葉:シェア型書店も、さまざまな理由からこれまでその世界に参加できなかった方たちを巻き込んだ新しい仕組みづくりのひとつだと言えますね。
廣畑:実はブックマンションで棚を借りている方たちの中で、最初に独立して店舗を構えたのが、絵本好きの”主婦”の方だったのです。新しい仕組みによって、社会に関わっていくにあたっての選択肢を増やしていける面白さをあらためて感じました。
稲葉:SDGsの17項目、すべての大前提となる「誰ひとり取り残さない」という考え方にも関わってくる話ですね。男性と比べて、女性はこれまで社会で活躍する機会が十分に与えられてきませんでした。男性を中心としてつくられた現在の社会経済の構造や仕組みを変えない限り、いくら女性活躍をうたっても平等な競争にはならないと考えます。ここで重要なのが、DEI(「Diversity:多様性」「Equity:公平性」「Inclusion:包括性」の頭文字からなる略称)のEの部分、公平性です。
クオーター性(格差是正のため、人種や性別、宗教などを基準に一定の比率で人数を割り当てる優遇措置)のように、マイノリティに足台を準備することで、マジョリティもマイノリティも同じ景色を見られるようにすることが必要だと言われています。一方、廣畑さんが関心を持ち、携わっているさまざまな取り組みは、社会的に立場の弱い方々や取り残されてしまいがちな方々に「台」を準備することではない。台を取っ払っても誰もが平等に参画できる仕組みづくり、公平性の実現のさらに先を行く社会のあり方なのではないでしょうか。
廣畑:ソーシャルグッドな取り組みをしている方々への取材を通じて、彼ら/彼女らがやっているのは、「モノの見方を変えること」だと気づきました。「ホームレス状態を生み出さない日本の社会構造をつくること」をビジョンに掲げる認定NPO法人Homedoor理事長の川口加奈さんは、ホームレス状態にある方々のことを“支援する対象”ではなく、“一緒に社会を構成する人”として見ています。非常にフラットな視点でアプローチし、ホームレス状態にある方々が自転車の修理が得意だという点から着想を得たシェアサイクルサービスの仕組みを構築しました。乗り捨てのシェアサイクルの保守運営を、ホームレス状態の方を雇用して行っています。大阪のホームレスと放置自転車、2つの社会課題を同時解決しようとしている素晴らしい事例です。
私自身も運営に携わっている、一般社団法人「組織変革のためのダイバーシティ(OTD)普及協会」でも、「社会的に立場が弱い人びとを救い上げる」という従来の視点とは異なる取り組みをしています。近年では、女性管理職比率を引き上げるために、「女性にリーダーシップ教育を」という視点で取り組む企業が多いように感じます。もちろんこのアプローチでも救われる方はいると思います。ですがこの施策は、見方を変えると、その組織においてリーダーとなってきた人(マジョリティ)がつくった文化に適応できる人を引っ張り上げることになってしまい、本当の意味で、それまで活躍の機会を得にくかった女性(マイノリティ)が活躍できる文化が育っているとは言えないのではないでしょうか。
組織の風土をインクルージブに変えていくために変わらなければならないのは、むしろ組織や社会です。マジョリティ側が「無意識の特権」を持つことを自覚し、マイノリティしか気づくことのできない組織のいびつさを学ぶことで、組織変革の選択肢を増やすことを目的とし、同協会では企業向けのワークショップなども実施しています。
地域で生まれる新たな取り組みに学び、広める
稲葉:社会の新しい仕組みづくりに向けて、今後廣畑さんが取り組んでいきたいことを教えてください。
廣畑:今後は、今まで以上に地域の動きを注視していきたいと思っています。サーキュラーエコノミーの観点では鹿児島県の薩摩川内市で先進的な取り組みが始まっていますし、長野県松本市では「新しいカルチャーと世界観の創造」を目指してつくられたコミュニティ通貨などの取り組みもあります。コロナ禍でリモートワークが浸透したことで、地方に移住する人も増えてきました。こうした動きも踏まえた上で、どんなシナジーが発揮され、何が生まれるのか。地域に可能性を感じますので、できる限り現地に足を運んで、社会をよくする新たな仕組みを発掘・取材し、世に広めていきたいですね。
【執筆:岩村千明 編集:髙橋三保子】
<サーキュラーHRへのヒント>
- 社会をよくするための取り組みは、義務感だけでは続かない。誰もが日々の生活の中で自然と取り組める仕組みをつくることが重要。
- 知恵やノウハウが社会に浸透し、情報の偏りが改善していけば、分断も埋まっていく。
- 「誰ひとり取り残さない」社会を実現するためには、マジョリティを中心としてつくられた現在の社会経済の構造や仕組みを変えなければならない。
- 「社会的弱者を救い上げる」という視点からの脱却が、誰もが平等に参画できる仕組みづくりのポイントとなる。
【プロフィール】
廣畑達也
編集者。駆け出しの頃、社会起業家という存在に出会い、事業を通して「経済性」と「社会性」を両立させるそのあり方に感銘を受け、以来、12年以上にわたり「ソーシャルイノベーション」について取材を続け、人が持つ可能性を解き放つためのコンテンツづくりに取り組んでいる。担当した著書に、小暮真久『社会をよくしてお金も稼げるしくみのつくりかた』、出雲充『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』、岩元美智彦『「捨てない未来」はこのビジネスから生まれる』、新井和宏+高橋博之『共感資本社会を生きる』、川口加奈『14歳で"おっちゃん"と出会ってから、15年考えつづけてやっと見つけた「働く意味」』など。
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