企業のグローバル化が進み、「ビジネスと人権」の概念が広がっていく一方で、世界には内戦が続く地域があり、住む場所を追われたり、貧困に苦しんだりする人びとがいます。日本に暮らす私たちは、先進国が新興国の人や資源を搾取している構造について、どこまで想像力を働かせ、「自分ごと」として認識できているでしょうか。
変革の鍵になるのは企業の担当者とライツホルダー(人権の主体となる人たち)が直接「対話」をすること、と語るのは、「ビジネスと人権」をテーマにしたナレッジプラットフォーム「SocialConnection for Human Rights」Co-founderの鈴木真代さんです。企業はライツホルダーとどう関係性を築き、ビジネスモデルを変えていけばいいのか。お話をうかがいました。
先進国に住む私たちは、無自覚に新興国の資源を搾取している
稲葉編集長:はじめに、鈴木さんのこれまでの活動について教えてください。
鈴木真代さん(以下、敬称略):もともと国際協力の分野に関心があり「公共性の高い仕事がしたい」という思いからキャリアをスタートしました。電力会社で新興国の省エネ・再エネ政策立案支援などを担当し、外資系経営コンサル会社でSDGsの普及啓発などに取り組んで、エネルギー問題の光と影、さまざまな側面を目のあたりにした経験があります。その後、家族の転勤に帯同し、メキシコで1年半、コロンビアで3年間暮らしました。弁護士の佐藤暁子さん、人権NGOでの経験の長い土井陽子さんと共同で、企業とライツホルダー(影響を受ける人たち)の対話を促進するためのNGO「SocialConnection for Human Rights」を立ち上げています。
稲葉:最近は日本でも「人的資本経営」「新しい働き方」などの言葉を聞く機会が増えています。キラキラしたイメージの一方で、非正規社員と正社員の格差があったり、技能実習生の実態が明らかになったり、日本でも人身売買があると指摘されたりと、さまざまな分断や対立が顕在化しつつあります。SDGsの17項目、すべての大前提になるのが「誰ひとり取り残さない」という考え方だと思うのですが、現状は、取り残されている人がたくさんいる状態です。例えば先進国に住む私たちが大量の電力を消費することで、アマゾンで暮らす先住民族の人びとの暮らしがどれほど圧迫されているか、想像できる人はほとんどいないのではないでしょうか。企業と当事者の対話をサポートする中で、鈴木さんはどのような課題感を持っておられますか。
鈴木:コロンビアでは2016年まで50年以上内戦が続き、現在もその影響で多くの人たちが迫害を受け、暮らしを阻害されています。豊富な鉱物資源や麻薬をめぐる内紛は今もなくならず、強制的に移住させられたり、難民として国外に逃れたりした人がたくさんいるのです。貧困問題も深刻です。アマゾンの先住民自治区で売っているのは古着ばかりで、新品の洋服を着たことがない人がたくさんいます。学校に持っていくかばんも買えない家庭で育つ子どもたちも多いです。
私は現地の大学院で平和学や紛争解決学を学びましたが、現在のような状況に至った原因は、新興国の資源を搾取する先進国の政府や多国籍企業の活動にあるというのが、新興国での一般的な見方です。大学院のディスカッションでも「日本は技術力が高いというけれど、工業製品の原料や燃料はどこから持ってきたかわかっているのか。自分たちさえよければいいという豊かな生活をいつまで続けるつもりなのか」と問いかけられ、打ちのめされました。
南米で暮らし、苦しむ人たちを間近で見る中で、自分たちが搾取の構造を維持する側の人間であることを痛感しています。
時間をかけてコミュニケーションをとり、関係を築くことが真の「対話」
稲葉:先進国の人間は、新興国の人びとに対し、地球規模で「歪み」を押しつけて豊かな暮らしを維持しているのに、自分たちが持っている特権に無自覚なのですね。
こうした構造は、もう少し小さな社会、例えば企業の中にも存在しています。多くの男性が、女性にケア労働を押しつけて働いていることもそのひとつです。私たちが、自分の持つ特権を自覚し、社会の構造を変えていくためには、まず何が必要なのでしょうか。
鈴木:私たちは企業に対し、人権デューデリジェンスに関するアドバイスも行っています。企業の方たちは、何から(to do)どのように(How to)取り組むべきかはわかっていても、なぜ人権についての取り組みが必要なのか(Why)は理解していない場合が多いと感じます。ライツホルダーと話したことがないので、マイノリティの気持ちがわからないのかもしれません。
私たちの仲介でライツホルダーの方々と直接対話をし、半年、1年と時間をかけて関係を深める中で、初めは「本当にこれでいいのでしょうか」と自信なさげだった企業の担当の方が、急に変化することがあります。「どうしてこんなことが起こっているのか」と現状に疑問を持ち、「正面から取り組まなければならない」と気づく瞬間があるのでしょう。
稲葉:担当者と当事者が対話することは非常に重要ですね。一方で、難しさもあると思います。マイノリティに話をしてもらっても、マジョリティ側が想像力を働かせ、「自分ごと」としてとらえて自身の行動を変えなければ、変革にはつながりません。
鈴木:年に1回、特別な機会を設けて一方的にライツホルダーの話を聞くだけなら、それは対話ではなく、形式的なミーティングですからね。対話とは本来、私たちがふだん隣の席に座っている人と話をするような、ごく自然な営みです。日頃から時間をかけてコミュニケーションをとり、話したいときにはいつでも話せるような関係性を築いていかなければ、対話とは呼べません。同じ部屋で膝をつき合わせ、繰り返し話しているうちに、当初想定していた以上の「ぶっちゃけ話」が出て、当事者が本音を伝えられるようになったら、対話としては成功だと考えています。
稲葉:相手の本音を引き出すために、安心・安全な場をつくることが大切だとよく言われますが、簡単なことではないですね。
鈴木:対話の鍵になるのが、私たちのような「仲介者」の存在だと考えています。企業の担当者とライツホルダーが、お互い何を考えているのかわからないまま相対しても、うまくいかないことのほうが多いでしょう。そこで仲介者が事前に双方の意見を聞き、コンサルタントやカウンセラー、ときには学校の先生など、いろいろな立場に成り代わって両者の間に橋をかけながら和解に導くのです。
コロンビアでは人権を扱う専門団体も増え、企業の間で、ビジネスと人権に関する意識が浸透しつつあります。人権を大切にする国では、ビジネスもどんどん成長していくでしょう。一方で、ライツホルダーの人権を守るための取り組みが遅れている日本はこのまま沈んでいってしまうのではないかと、強い危機感を抱いています。
サプライチェーンの人権を守るため、ビジネスモデルを変えていく
稲葉:日本で人権問題について話していると「そうは言っても、日本は夜、女性がひとりで歩けるから」と「安全神話」を語る人がいます。一見安全な社会が成立しているがゆえに、その裏にある差別や迫害に気づかず、意識が変わらないのかもしれません。
鈴木:ビジネススクールでサプライチェーンについて学んでいても「この国は安全だから」と口にする人がいますね。日本はリスクをとらない企業があまりにも多いです。大企業の担当者の中には、変わることをあきらめている人も少なくありません。
稲葉:例えばアメリカでブラック・ライブズ・マターが起こったとき、欧米の企業はそれぞれ意見を表明し、ステートメントを出さない企業は信頼を失っていきました。ひるがえって日本では、何か問題が起こっても法人としての意思表明も行動変容も行わずに、沈黙して世間が関心を失うまでやり過ごす企業も少なくありません。
鈴木:本来は、社会的に話題になったタイミングで意思表示をするべきですね。会社としてプレスリリースを出すことが大変であれば、社長ブログでも、Twitterでもいいと思います。組織内にいる個人の考えが表に出るようになると、企業価値の向上にもつながります。
稲葉:日本企業は「公正中立」を言い訳にして事なかれ主義に陥っているのかもしれません。もっと自由に意見を表明してほしいですね。
鈴木:「社員のため」を思うあまり、リスクを考えすぎると、個人的な意見が言えなくなるという負のループに陥っているのかもしれません。もう少し視野を広げて「社会のため」と考えれば、発信できることも増えるはずです。まずは人権を侵害されている人の状況を想像して発言してほしいと思います。そういったブランディング戦略をアドバイスする人材が少ないのも、日本企業の課題ではないでしょうか。
稲葉:最後に、これからビジネスと人権の問題に取り組みたいと考えている企業の経営者や担当者に向け、メッセージをお願いします。
鈴木:私は現在、国際人権NGO・ビジネスと人権リソースセンターのコロンビア事務所でラテンアメリカのリサーチを担当しています。日々、さまざまな事件が起こっているのですが、そのほとんどが日本のメディアで伝えられることはありません。新興国では、日本からは見えない紛争が今も起こっており、多くの人が生命を失ったり、暮らしを阻害されたりしています。その根幹に先進国の搾取があるという構造をぜひ認識してもらいたいと思います。先住民のリーダーたちが先進国に願っているのは「私たちの命を守るために、まず取り組んでほしいことは、エネルギーを使いすぎないで」というごくシンプルなメッセージです。
人権デューデリジェンスにおいて求められるのは、人権リスクを見つけるのみならず、リスクを取り除くためにビジネスモデルを変えることです。私たちも、仲介者として命がけで取り組んでいきます。企業の担当者の方々も、自分たちのビジネスが知らない間に遠い国の人びとの人権を侵害しているかもしれないという事実に目を向け、責任感を持って取り組んでほしいと考えています。
稲葉:今日は貴重なお話、ありがとうございました。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 新興国の中には内戦や紛争が続く国があり、そこに住む人びとは迫害を受けたり、暮らしを阻害されたりしている。そのような状況に至った原因は、新興国の人や資源を搾取する先進国にあるというのが、国際的には一般的な認識である。
- 企業が搾取の構造を自覚し、変えていくためには、当事者レベルでの対話が重要。半年、1年と長い時間をかけて継続的なコミュニケーションをとることでマジョリティ側の意識が変わり、マイノリティが安心して本音を伝えられるような関係性を築くことで、初めて真の対話が実現する。信頼できる「仲介者」の存在が、対話を成功させる鍵になる。
- 人権問題がクローズアップされるような事件が起こったとき、会社として意見を表明することが、企業価値の向上にもつながる。
Social Connection for Human Rights Co-founder 鈴木真代
大学卒業後、電力会社にて新興国の省エネ・再エネ政策立案支援や発電所建設にかかる環境社会調査を担当。その後、外資系経営コンサル会社にてSDGsの普及啓発や人権尊重型経営支援に従事。直近3年ほど南米コロンビアの教皇庁立ハベリアナ大学にて、多国籍企業と先住民コミュニティの社会環境紛争を研究。持続可能な社会のためのビジネス協議会(WBCSD)コロンビア支部にてビジネスと人権担当、国際人権NGO・ビジネスと人権リソースセンターコロンビア事務所で人権活動家・環境活動家への暴力に関する調査に従事。現在は、検査・検証・認証・試験会社にて人権アドバイザリーサービスを担当、難民の教育・就労支援NGOの一般財団法人PathwaysJapan理事として活動中。
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