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ドイツと日本から見る、ポストコロナ時代の働き方と人材採用
~コラムニスト サンドラ・ヘフェリンさんインタビュー

2021年7月26日

長引くコロナ禍によって、私たちの暮らし方、働き方は大きく変化しました。日本でもリモートワーク、テレワークが広まりましたが定着しきっていません。かつての働き方に戻っている企業も多いとも指摘されていますが、世界ではどんな状況なのでしょうか。

今回お話をうかがうのは、日本語とドイツ語の両方を母国語に持ち、多文化共生をテーマに発信を続けているサンドラ・ヘフェリンさん。ドイツの現状や、日本企業が抱える働き方や採用の課題について聞きました。

コロナのせいでドイツは1950年代に戻った?

稲葉編集長:新型コロナウイルスが流行し始めて1年以上になりますが、ドイツの働き方は、今どんな状況なのでしょうか。

サンドラさん(以下、敬称略):日本では、テレワークができるのは「恵まれている人」という認識があると思います。いまだに出社至上主義の企業が多く、介護職や接客業など、そもそもテレワークが不可能な業種もありますから。

ドイツでは、少し見方が違っています。労働者の半数近くが毎日、あるいは定期的にテレワークで働いていて、「一生この働き方でもいい」という人がいる一方で、問題点も出てきています。特に女性にとって不利な状況になっていて、「コロナのせいでドイツは1950年代に戻った」という人もいるくらいです。

1回目のロックダウンの後、一斉にテレワークが始まり、多くの企業で業務量が減りました。ロックダウン解除後、男性の業務量はすぐ元に戻りましたが、非正規や時短勤務で働いていた女性の業務量と収入は減ったまま、なかなか元に戻らないと指摘する研究者もいます。結果として、これまでパートナーと分担していた家事や育児も女性が担うことになり、女性が損をする状況になっていることが、気がかりです。

稲葉:最近、日本で話題になっている男性育休についても、同様の問題が指摘されています。育休を取得する男性が「育休に入ったら資格の勉強ができる」という趣旨の発言をして物議を醸した例も見かけています。夫婦で育休を取得しても、結局女性が主に子どもの世話をすることになってしまうケースは多いでしょうね。

サンドラ:育休についての男女の意識の違いは、ドイツにもあります。私の女友達が、育休から復帰した後、子どもを預けて自宅でテレワークをしています。ところが夫は、彼女が家にいるからと、育休中と同じようにあれこれ用事を頼んでくるのだそうです。自宅にいるとはいえ、勤務時間中に家事はできないという基本的なことさえ、説明しなければ気づいてもらえなかったのですね。

稲葉女性が家事・育児をするべきという意識は、どうすれば変えていけるのでしょう。

サンドラ:ドイツの社会学者アルメンディンガー氏(※1)は、「性別にかかわらず働く時間を一律に週32時間にすべき」という提言をしています。労働時間が同じになれば、働く時間が長いから家事をしないという言い訳はできなくなりますからね。

※1 ベルリン・フンボルト大学教授およびベルリン社会科学研究センターの会長 Prof.Jutta Allmendinger教授

日本人男性は会社の外へ出ることが少ない

稲葉日本企業で働く男性は、そもそも労働時間が長すぎて、「社会人」ではなく「会社人」になっていますよね。海外では地域活動をする人が多いですが、日本では一般的ではありません。

サンドラ:東京五輪のボランティアも、定年退職した人や大学生が多いようですね。会社勤務のかたわらボランティアをするという話はあまり聞きません。ドイツでは性別にかかわらずボランティア活動が盛んで、仕事を持ちながら参加している人も多いんですよ。友達のお母さんは、自宅のリビングで、パレスチナ難民の子どもにドイツ語を教えています。

稲葉:そういえば日本では数年前、月末の金曜日は早めに退勤して自分の時間を過ごそうという「プレミアムフライデー」が話題になりました。「早く仕事が終わるから飲みに行こう」というキャンペーンもありましたね。本来は会社を離れて地域活動をしたり、将来のために勉強をしたりしてもいいはずですが、そういった方向にいかないのはなぜなのでしょう。

サンドラ「会社の中にいれば安心」という日本独自の価値観はあるかもしれませんね。ドイツでは会社勤めをしている人も、仕事と関係のない友達が2〜3人はいるのがふつうです。地元のサッカークラブに入ったり、旅先で出会った人と交流を続けたりして、会社の外にも目が向いていると思います。

稲葉:日本企業の中では中年男性が決定権や発言権を持っていますが、会社の外で交流したり、学んだりする機会が少ないですね。多様性に触れる経験不足や知識不足が温床になって、たとえばLGBTに対する差別発言なども出てくるのだと思います。

ルッキズムの連鎖を断ち切る

サンドラ会社の文化を変えるためには、女性や、LGBTの当事者などマイノリティを採用することも大切だと思います。発言権のない派遣社員やパートではなく、男性と同様管理職になれる正規職員として採用するのです。社内で自分達と同等の立場に当事者がいれば、どんな会社人間でも多少は意識が変わるはずです。

稲葉:私たちは、サーキュラーHRというプロジェクトを通じて、人という「資源」を活かせる社会の実現を目指しています。多様な人の存在が刺激になって、組織が良い方向へ変わっていくという話もよく聞きます。

サンドラ:採用について言えば「ルッキズム(容姿による差別)」も根深い問題だと感じています。国際的な会社や組織でも、経営者やトップの人が明らかに外見を基準にして人を採用している例はあります。仮に誰かが指摘しても「優秀な人を採用したらたまたまそういう外見だったんだよ」と言われてしまうので、変えることが難しいのですね。

稲葉:日本では就職活動をする学生の服装にも、暗黙のルールがあります。

サンドラ:薄化粧に黒髪、肌色のストッキングというルールがおかしいと思っていても、みんな内定をもらいたいから我慢するんですね。入社すると、目の前の仕事が忙しくなり、就職活動のことは忘れてしまうという悪循環です。断ち切るためには、経営者が「当社は、黒髪で肌色のストッキングをはいているからという理由で採用することはありません」と明言するしかないと思います。

稲葉:「服装は自由です」と宣言するだけで、「実はストッキングが嫌だった」という優秀な人が応募してくれるんですから、お得ですよね。

サンドラ:ドイツの就職活動では、基本的に服装は自由です。と言っても、ショッキングピンクのシャツを着てくる学生はやはり少ないです。男女問わず、落ち着いた色合いの、ユニセックスなパンツスーツなどを着る場合が多いですね。どんな髪型でも、ピアスの穴がいくつあっても、それで採用するかどうかが決まることはないです。

そもそも日本では、学校でも服装についてのルールが多いので、まずは教育から変えていくべきだと思います。学生時代に、自分で服装を選ぶことを経験していると、就職活動でも自由な社風の会社を選ぶようになるのではないでしょうか。

稲葉:最近も、下着の色を定めた校則が問題になりましたが、日本の学校は女の子を縛るルールが多いと思います。

サンドラ:男性の好みを女性たちも内面化して、お母さんや女性の先生がチェックしてしまうのですよね。

稲葉:本当は嫌なのに、内面化の連鎖が起こっている。

サンドラ:自分が苦労した人は、つい他の人にも同じ苦労をさせたがるものですが、本当は最初から誰も苦労しないのが一番いいですからね。今、ルールを変えて、次の世代が苦労しないようにしていくことが大切だと思います。

入社前に、働きやすい会社を見きわめる方法

稲葉働く人の側からもお話を聞いていきたいと思います。働きやすさという意味で、苦労しない会社を見分けるにはどうしたらいいのでしょうか。

サンドラ:日本ではあまり盛んではないですが、インターンはおすすめです。入社前に会社の内側を見ることができるので。

「仕事で成果を出すには時間的な余裕が必要」といわれますが、その点も大切だと思います。いくら楽しい仕事でも、連日の深夜残業や徹夜が続くような状況では、実力を発揮することはもちろん、転職活動をすることさえままなりません。

稲葉:ちゃんと休暇が取れるか、時間通り帰れるかということを、外部からどう判断すればいいのでしょう。

サンドラたとえば説明会や面接などの機会に「皆さん週末も集まったりされるんですか?」とさりげなく聞いてみる。「休日も頻繁に会社のイベントがあります。結束が強くて家庭的な雰囲気なんですよ」などと返ってきたら危険信号です。

「有休取得率は?」などと直球の質問をして合否に影響するのはもったいないですから、ひねった質問で探りを入れるのもひとつの方法だと思います。

稲葉:社員が退勤後や休日に自分のやりたい活動に取り組んでいて、それを社内で楽しそうに共有できている会社は、自分らしく働ける会社だと判断できるかもしれませんね。

社内から声を上げ、働き方を変えていく

稲葉働き方が大きく変化している今は、これまでおかしいと思いながらがまんしていたことに対して、組織の中から声を上げて変えていくチャンスでもありますよね。たとえば「18時からのオンライン会議は、子どもの寝かしつけの時間に響くので難しいです」とか。

サンドラ:会社にわかってもらうことは大切ですね。ドイツでは、はっきり意見を言う人が多いので、声を上げても目立たないのですが、日本人はがまん強くあまり自己主張しないので、意見を言った人が目立ってしまいます。声を上げる人が増えていくことも重要だと思います。

稲葉:テレワークを基本にするなら、自宅でより良い就業環境を整えられるようにするなど、企業の福利厚生費の使い方も変えていかなければならないですね。

サンドラ:新卒で、どうせ寝に帰るだけだからと思って六畳一間のワンルームを借りた人が、その部屋でずっと仕事をするのはつらいですよね。その点ドイツでは、平均して日本よりも家が広いので、お気に入りのスペースで快適に仕事ができるテレワークに満足している人が多いのだと思います。

稲葉:働く人が能力を発揮できる環境づくりという点で、できることはまだまだありそうです。今日は貴重なお話、ありがとうございました。

<サーキュラーHRへのヒント>

  • 長引くコロナ禍、ドイツでも、女性の業務量が減り家事や育児の負担が偏るなど、女性にとって不利な状況になっている。
  • 日本企業で働く男性は、会社の外の人と交流したり、学んだりする機会が少なく、視野が狭くなりやすい。
  • 会社の文化を変えるためには、女性やLGBTの当事者などマイノリティを採用し、企業のトップが外見や服装を採用の基準にしないことを明言することが重要。
  • コロナ禍は、これまでおかしいと思いながらがまんしていたことに対して、組織の中から声を上げて変えていくチャンスでもある。

【プロフィール】

コラムニスト

ドイツ・ミュンヘン出身。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「ハーフ」にまつわる問題に興味を持ち、「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。ホームページ「ハーフを考えよう!」 著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから‼』(中公新書ラクレ)、『なぜ外国人女性は前髪を作らないのか』(中央公論新社)など。

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