2020年夏、テレビ東京で放送されて話題となった番組『生理CAMP 2020』。地上波で、これまでほとんど取り上げられることがなかった生理について語るという前代未聞の番組です。放送後、SNSには共感の声があふれ、生理についてオープンに語るコンテンツが増えるきっかけになりました。
番組を担当したプロデューサーの工藤里紗さんと、サーキュラーHRを運営する株式会社Warisの共同代表、河京子は、大学のダンスサークルで先輩・後輩の関係。女性が心身のリズムと向き合いながら働くために必要なこと、多様な人材が活躍するために組織ができることについて、2人が本音で語り合いました。
声を出しにくい人の側に立って発信する
河京子:いきなり直球の質問をしてしまうんですが、生理CAMPという番組を作ったことで、テレビ東京社内の女性たちに、何か変化はありましたか?
工藤里紗さん(以下、敬称略):番組によってマインドセットが変わったということはないですね。もともとうちの会社は、たとえば社内の女子トイレで、「骨盤底筋」のような女性ならではの言葉の扱いについて、世代や部署を越えて自由に意見を言い合う風土はあったと思います。番組を作った後、社内でもいろいろな意見があって、「同じ女性でも、人によって生理の受け止め方が違う」ということが見えてきました。
河:どんな意見があったのでしょう。
工藤:生理と一口に言っても、全員感じ方が違うのですよね。あまり意識せずふだん通り過ごせる人もいれば、救急車を呼ぶほど重い人もいる。「もっと辛さを伝えてくれるのかと思っていた」という意見もあれば、「生理は大変だという話をし過ぎても、ネガティブな印象を与えてしまう」という声もありました。男性スタッフからは「男性vs女性のトークバトル」にしてはどうかという意見も出て、確かにコンテンツとしては面白いかもしれませんが、私としては、対立をなくしてシームレスに話せる状況を作りたかったのです。
河:里紗さんは生理CAMPのほかにも、赤ちゃん向け番組『シナぷしゅ』などユニークな番組を数多く手がけています。ふだん、番組作りにはどんな想いを込めているのですか?
工藤:個人が「言いづらい」「知りづらい」「聞きづらい」ことを、代わりに発信したり、調べてお伝えしたり、声を届けたりしたいですね。世の中の大きな問題ーーたとえば戦争や差別をなくすための方法は、私にはわからないけれど、「なんとなくしんどいな」「どうしてわかってくれないんだろう」というような小さい悩みを、少しだけ楽にするお手伝いはできるんじゃないかと思っていて。
<テレビ東京制作局「クリエイティブビジネス制作チーム」の資料より(提供:テレビ東京)>
河:そういう想いは、現在のお仕事を始める前から持っていたのですか。
工藤:マイノリティ、少数派の人たちをエンパワーメントしたいという気持ちはありましたね。私はアメリカで生まれたのですが、アメリカでは日本人であることに言及され、日本の小学校に通い始めたら、今度は「外国人」と言われるなど、常に「アウェイ感」があったんです。初潮や第二次性徴期が周りの子よりも早く来たことで、周りとの違いに悩んだことも、今の考え方に影響していると思います。
もともと大きい声を出せる人と一緒に声を上げるのは簡単です。でも、声を出しにくい人の側に立って発信することで、自分自身にとっても生きやすい社会になると思いました。だから私が企画する番組では、自然と女性や子どもなど、これまでのマスメディアではあまり取り上げてこなかった声をテーマにすることが多くなっているのかもしれません。
<休暇には、野生動物の撮影に行くのが趣味だという工藤さん(提供:工藤さん)>
安心して話せる場をつくるため、上司やマネージャーが「腹を見せる」
河:マイノリティ、多様性と一口に言っても、目に見える多様性と、目に見えない生きづらさがありますよね。知識がないために、悪気なく、知らないうちに相手を傷つけたり、負担をかけてしまうことがあると感じていて。たとえば、妻から夫に直接「PMSが辛いから、もっと家事育児をやってほしい!」と言っても伝わりにくいことが、生理CAMPのような番組で第三者から伝えてもらうと、理解しやすくなったりしますよね。
とは言え、視聴率など数字が求められるマスメディアがそこに切り込んでいくことには、当然難しさもあると思うんです。テレビ東京がエッジの立ったコンテンツに挑戦できるのは、どうしてなのでしょうか。
工藤:生理CAMPを企画したときにも、もちろん社内に心配する意見はありました。ただ、コミュニティが小さいがゆえに、さまざまな部署の担当者とダイレクトに顔が見えるコミュニケーションがとれることは大きいと思います。
河:チームがパフォーマンスを発揮できるかどうかは、組織の心理的安全性にかかってくる部分が大きいと思っているのですが、まさにその好例ですね。個人の想いやバックグランドまでわかっているからこそ、相手を信頼することができるという。
工藤:数字や表面的な印象だけではなくて、その人がふだんどう仕事を進め、周りの人とどんなコミュニケーションをとるのかという部分まで見えていれば、組織としても、作り手を信頼して冒険することができる面はあると思いますね。
河:3月からスタートした『巨大企業の日本改革3.0』という番組は「生きづらさ」がテーマになっているそうですね。Warisにも、企業様から「もっと女性に活躍してもらうにはどうすればいいか」という相談がたくさん寄せられるのですが、一方で、子育てや介護、特有のバイオリズムなどさまざまな事情を抱え、なかなか思い通りに力を発揮できない女性が多いことも事実です。
私たちはサーキュラーHRというメディアを通じて、人という資源を誰ひとり取り残さない社会の実現を目指しているのですが、女性を含め、生きづらさを感じている多様な人材が活躍し続けるために、日本の会社はどう変わっていけばいいと思いますか?
工藤:一概には言えないですが、女性の場合、どうしても「しっかりしなきゃ」「弱みを見せてはいけない」と気を張っている人が多いと思うんです。がんばりすぎると本人が辛いし、実力を発揮しきれなくて、周りもしんどい。面談のようなあらたまった機会とは別に、パーソナルなこと、心の内を気軽に吐露できる場があるといいですよね。ふだんから信頼して本音を話せていたら、トラブルが起こりそうなときにもすぐに相談できますし、結果的に組織にとってもプラスになると思います。そのためには、上司やマネージャーがまず「腹を見せる」、本音をオープンにしていくことも大切ではないでしょうか。
日本では、女性が自信を持つチャンスが少ない
河:里紗さんがそのような考えを持つようになったきっかけはあるんですか?
工藤:それこそ、大学のダンスサークルで部長をやった経験も大きいと思います。10数年のサークルの歴史の中で、女性の部長は私が2人目だったのですが、部長になる直前、同期の男性から「誰が部長になってもいいけれど、男性じゃないと嫌だ」と言われたことがあって。そういう価値観の人に会ったことがなかったので驚きましたし、部長になれば多様な考え方の人をまとめていかなければならないのだと実感しました。
そこで部長になってからは、あえて困っていること、悩んでいる面もみんなに見せることにしたんです。そうすることでみんなが一緒に考えてくれたり、アドバイスをくれたりして、結果的に人の輪を広げることができたかなと思っています。
河:学生の頃から既にそんなことを考えていたんですね! サークルだけでなく実社会でも女性リーダーはなかなか数が増えず、その一因になっているのが、女性の「自信のなさ」と言われています。
工藤:日本では、女性が自信を持つきっかけになるチャンスが、なかなか巡ってこないですよね。「リーダーをやりたいです」と手を挙げた人の勇気を褒めるのではなく、「目立ちたいんだ」と斜めに見てしまう風潮があると感じます。無理をして張り切らなくても、気軽に声を出せるような風土を作っていきたいです。
河:企業側がオープンで話しやすい場をつくると同時に、働く側が声を上げていくことも大切ですよね。特に私たちの会社はメンバー全員リモートワークを基本にしているので、自分からチャットなどで発信しないと、体調が悪いことも、疲れていることも伝わらないんです。一方で、生理休暇の制度があっても、「生理なので休みます」とはっきり言えるかというと、自分の経験を振り返っても、なかなか難しいと感じています。
工藤:言いにくいですよね。「生理なので」とはっきり理由を言わなくても、自分の体調に合わせた柔軟な働き方ができるように変わっていくといいなと思います。私自身は体調が悪いとき、自分の反応で人を傷つけることがないように、「今日は調子が悪いから、リアクションが悪くても気にしないでね」と事前に周りに伝えるようにしています。
「かっこ悪さ」を気にせず挑戦し続ける
河:今後、里紗さんが目指していること、挑戦したいことはありますか。
工藤:昨年40歳になって、一度きりの人生、自分の命を何のために使っていこうかと考えるようになりました。キャリアを重ねてできることが増えてくると、仕事の中で「大負けする経験」もいつの間にか減っていくと思うんです。かっこ悪さを気にしないで挑戦できる自分になりたいと思って、あえて自分に縁遠いスポーツを選び、自転車のロードレースを始めました。昨日、人生で初めて試合に出たんです。
河:ロードレースですか! かっこいい!
工藤:時速45キロの高速で駆け抜けていく本気の選手たちもいる中で、私の目標は「転ばない」「死なない」「最後まで走る」の3つ。結果は案の定ビリでしたが、転ばずに最後まで走り切ったことで「勇気を出せば新しいことができるんだ!」と感じることができました。
キャリアの上でも、自分で自分をカテゴライズしすぎず、かっこ悪くなることを怖がらずに挑戦して、幅を広げていきたいと思っています。今後はテレビ番組の枠を超えて、他者への想像力を育むような学びの場や本、ゲームなどリアルなコンテンツ作りにもかかわってみたいですね。
<工藤さん提供>
河:未知へのチャレンジは本当に怖いですし、ダメな自分を突きつけられるけれど、だからこそ成長するんですよね。私たちも、新しいことに挑戦し続けていかなくちゃ、と励まされました。今日は素敵なお話、本当にありがとうございました!
<サーキュラーHRへのヒント>
- 地上波で初めて正面から生理を取り上げ、大きな話題を呼んだ番組『生理CAMP』は、対立をなくし、個人が言いにくいことをシームレスに話せる状況を作りたいという思いから生まれた。
- 多様な人材が安心して内面を吐露できる場をつくるためには、上司やマネージャーがまず「腹を見せる」、本音をオープンにしていくことも有効である。
- 日本では、女性が自信を持つきっかけになるチャンスが、なかなか巡ってこない状況がある。企業側がオープンで話しやすい場をつくると同時に、働く側が声を上げていくことも求められる。
<プロフィール>
株式会社テレビ東京 制作局クリエイティブビジネス制作チーム プロデューサー
工藤 里紗
慶應義塾大学環境情報学部卒。2003年、テレビ東京に入社後。『生理CAMP』『極嬢ヂカラ』『アラサーちゃん 無修正』『シナぷしゅ』『昼めし旅』など幅広いジャンルのヒット番組を多数手がける。
工藤さんが手がける新番組『巨大企業の日本改革3.0「生きづらいです2021」〜大きな会社と大きな会社とテレ東と〜』がテレビ東京で放送中(月曜 深夜0時30分〜)。大企業が手を組んで社会課題を解決することを目指すインキュベーションセンター「ARCH」で繰り広げられる「経済リアリティSHOW」です。
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