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 就活を「セクシズム」の呪縛から解放するために企業ができること 

〜Smash Shukatsu Sexism、水野優望さんインタビュー

2022年10月4日

「女性は化粧をしないとマナー違反」

「男性は耳よりも長く髪を伸ばしていると不潔感がある」

そんな「就活マナー指南」を、どこかで目にしたことはありませんか。

違和感や窮屈さを覚えながら、「そういうものだから」と自分を納得させてやり過ごした経験を持つ方も多いかもしれません。

SDGsや多様性という言葉が広く聞かれるようになった現代でも、就活においては昔ながらの服装・マナー指南が当たり前のように説かれ、学生にとって大きなプレッシャーとなっています。望まない規範を押しつけられることは、アイデンティティや尊厳を揺るがす大きな苦痛になる場合もあります。

市民団体「Smash Shukatsu Sexism」(SSS)メンバーの水野優望さんは、性差別的な就活の服装・マナー指南に抗議する「#就活セクシズム」の活動を始めました。どうすれば就活におけるセクシズムの呪縛を解くことができるのか、お話をうかがいました。

 

ジェンダー規範に苦しめられた就職活動。自分が「出来損ない」のような気がした

稲葉編集長:まずは、水野さんが現在の活動を始めるに至った背景を教えていただけますか。

水野優望さん(以下、敬称略):自分はFtX(Female to X-gender)と呼ばれる性自認が今のところしっくりきています。戸籍の上では女性ですが、幼少期から、女性/男性というフィルターを通して見られることに違和感を覚えながら生きてきました。

服装も、あるときはフェミニンな服を着たり、あるときはメンズのものを着たりします。生まれてから今まで女性と呼ばれる立場に置かれているからレディースを着るのではなく、「無色」として見てほしいという気持ちで服を選んでいます。

 

 

また、幼いころから、女性差別的な慣習についても怒りを持っていました。「女性は大人になったら化粧をするものだ」という規範にもモヤっとした怒りを覚えていましたし、集合写真を撮るとき「男の子は手をグーに、女の子は手を重ねて」などと言われることを侮辱だと感じていたのです。

性的指向に関しても、ヘテロセクシャルではないけれども、あらゆる性別の人が恋愛対象になるパンセクシャルとも、レズビアンとも違うと思っています。自分自身と姿かたちや思想が離れすぎない人を私の脳は「仲間だ」と判断するようで、そういった相手に対して恋愛感情を持つことがある……という感じですね。 異性愛を前提に、1対1の「交際」と友情を分けて考え、最終的には結婚をするというシスジェンダー(生まれたときにあてがわれた性と性自認が一致している人)・ヘテロセクシャルの「当たり前」にはずっと苦しめられ、怒りと息苦しさを感じてきました。

 

 

水野:2012〜13年に就活を始めようとしたのですが、この世の中にはテンプレート的な男性と女性しかいないという「男女二元論」や、「女性はこうでなければ」という規範に苦しめられ、精神的に追い詰められて断念した経緯があります。それまで多様なジェンダー表現をしていた同級生が、就活が始まると共にいきなり女性/男性にはっきり分かれ、自分の立場がなくなってしまう、取り残されるような恐怖を日々感じていました。女性用とされるスーツを着るのが気持ち悪くて、友人と就活の話が出ただけでパニックになり、その場から逃げ出したくなったことも覚えています。

一方で、新卒で就職しなければ不利になるというプレッシャーや、親に対する申し訳なさもあり、何とか就活に挑もうとしていました。ネクタイを締め、ノーメイクでヒールのない靴を履いて家を出ます。面接会場の最寄り駅のトイレに着くと、ネクタイを外して薄く化粧をし、ヒールつきの靴に履き替えて会場に行く。それほど追い詰められていたのです。

女性用として販売されているスタイリッシュなショルダーバッグも持つことができず、男性用とされる鞄を使っていたのですが、それを見咎められ落とされるのではないかと恐怖を感じるほど、神経質になっていたと思います。幼い頃から私を見ていた母は、男性用の革靴と女性用のパンプスのハイブリッドのような、ヒールがついた紐靴を買ってくれました。母の気遣いがわかるだけに、自分が「出来損ない」のような気がして心苦しく、追い詰められていきました。

 

 

女性は化粧をしないとマナー違反? 性差別的な就活の服装・マナー指南に抗議

稲葉編集長:何かにつけて男女二元論に当てはめようとする社会の中で、苦しみながら就職活動に向き合われたことが伝わってきます。そんな中、「#(ハッシュタグ)就活セクシズム」の活動を始める決断をされたのですね。

水野:2019年、石川優実さんが立ち上げた、「#(ハッシュタグ)KuToo」という社会運動をお手伝いしました。女性が職場でヒールつきの靴を強要されることへの抗議活動です。それまでも個人的に、東京レインボープライドでプラカードを掲げるなどの活動はしていましたが、#KuTooの活動を間近で見て「こんなやり方があるんだ」と背中を押された気がしたのです。

仲間と一緒に「#就活セクシズム」というハッシュタグ名を考え、2020年の終わりに、ネット上での署名活動を立ち上げました。この活動には、2つの柱があります。1つは、「男女二元論に基づく、就活の服装・マナー指南をやめてほしい」という主張。2つ目は、その中でも「性差別的な指南について抗議をする」という点です。

 

 

「女性は化粧をしないとマナー違反」「男性は耳よりも長く髪を伸ばしていると不潔感がある」など、就活の服装・マナー指南における男女二元論や性差別的な傾向は、人材会社が運営する就活サイトに顕著に現れています。 

また、大手スーツ会社が販売する「就活用」スーツのラインナップでは、男女固定のパターンしか提示されていません。例えば女性用とされるスーツなら、ウエストを絞ったジャケットや、パンツでも細身で脚のラインが見えるようなデザインのものしか売られていないのが現状です。webサイトやチラシでの服装指南にも、就活サイト同様、問題が多いと考えています。

専門学校や大学のキャリアセンターでも同じような指導が行われ、大学生協など学内の売店にも同様の本や、大手スーツ会社のパンフレットが積まれています。学生は大手企業が出す服装・マナー指南に従わなければならないと思ってしまう構造があることを、より多くの人に知ってほしいのです。

日本でも、多様性やジェンダーという言葉が聞かれるようになり、今後、就活を取り巻く社会環境も変わっていくかもしれません。それでも、苦しんだ過去をなかったことにされるのは許せない、社会に思いを伝えなければ死ねないという思いで活動しています。自分の名前を表に出すかどうか当初は迷いましたが、「1人の当事者が強く抗議をした」という事実を残したくて、実名で発信をし、取材に応じています。

 

就活生を既存の「型」に当てはめる大量生産ビジネスが、人間性を損なう一因に

稲葉:就職活動は、誰にとっても初めての経験です。そんな中、大学のキャリアセンターに二元論的な服装やマナーを推奨する掲示物があれば、学生にとっては当然プレッシャーになりますよね。「#就活セクシズム」の活動では、採用の可否を決める人事部に対して価値観の変更を求めるのみならず、人材業界やアパレル関連の企業にアプローチしている点が画期的だと思います。

水野:書店で何気なく手に取った就活ガイドに「就活はお見合いや結婚と同じ」と書かれていたり、異性と結婚して子どもをもうけることを前提にしたキャリアパスしか書かれていなかったりすることに、自分自身が一番追い詰められてきました。居場所がなくなり、生きていく術がないように感じていたのです。当時、一番怒りを感じていた人材業界や、スーツ会社に対して抗議することは、自然な流れだったと思います。

稲葉:SDGsやサステナビリティの概念が一般的になる中で、就活の服装やマナーも、もっと自由でいいというコンセプトを打ち出していくことは、人材業界にとってもプラスになると思います。日本企業は、なぜなかなか変われないのでしょうか。

水野:就活産業を牛耳っている企業の経営層が、いわゆるホモソーシャル的な価値観を強く持っているのかもしれません。アパレル業界では「同じものを大量生産して、就活生向けに販売する」というビジネスモデルが出来上がっていて、簡単には変えられない可能性もあります。いずれにしても「顧客からクレームを受けないようにしたい」という力学が働いているのではないでしょうか。昔から使われてきた商品の「型」に就活生を当てはめることで、より多くの業界に対応でき、クレームも減らせるのだと思います。

人材業界やアパレル業界の中でも、ジェンダーにかかわらず就活スタイルを革新しようと考え、プロジェクトを立ち上げる若い人たちが現れてきていますが、まだその範囲は限られているのが現状です。

稲葉:就活生は、スーツにそれほど高いお金をかけられるわけではありませんからね。販売価格を抑えようとすると、おっしゃる通りパターンをそろえて大量生産をすることになるのかもしれません。就活生を「型」にはめることで、結果的に人間性を損なう一因をつくっている可能性があります。

 

社会環境の変化をとらえ、多様なニーズに対応することでビジネスチャンスにつなげる

稲葉:多くの企業がSDGsの推進や多様性を掲げる中、セクシュアルマイノリティの方を採用した事例などを公表して、採用差別を撤廃したとアピールする企業もあります。中には、自分たちが今まで無自覚にマイノリティの人びとを差別し、傷つけてきたことを認めず、過去を忘れたかのように振る舞う会社もありますね。その事実を受け入れて「苦しめて申し訳なかった。これから変えていきます」というようなコミュニケーションがとれた企業はありますか。

水野:ある出版社からは「確かにその通りだと思います」との回答をいただきました。また、これから人材を採用する企業に対して、「ジェンダーアイデンティティに合った服装でも減点しない」「性差別的なルールに従わなくてもそれを理由に減点することはない」と発信してください、と依頼した結果、いくつかの企業が賛同してくれています。ツイートで賛意を表明してくれた企業や、丁寧な応援メッセージを送ってくれた企業もありました。

一方で、署名を提出したいと連絡しても受け取ってもらえないスーツ会社も複数あるのが現状です。「ご意見を生かしてまいります」といったテンプレート通りの回答だったり、なかなか受付窓口を教えてもらえない会社があったりもしました。中には、「ただでさえ売り上げが下がっている業界なのに、いじめないでください」というスーツ会社もありました。

稲葉売り上げが下がっているからこそ、多様なニーズに対応することでビジネスチャンスが生まれると思うのですが。例えば丸井グループでは、社会変化をとらえ、あらゆる顧客の需要に合わせて、多様なサイズのジャケットやパンツを販売しています。

(丸井グループの取り組みは、サーキュラーHR「社員一人ひとりが「しあわせ」を感じて働ける組織づくり」でもご紹介しています)

水野:東京レインボープライドのブースで、小さいサイズのメンズスーツや、大きいサイズのレディーススーツを見て感動しました。大手企業の取り組みとして、画期的ですよね。同様の取り組みをしている企業として、先日、株式会社FABRIC TOKYOというカスタムオーダーアパレルブランドに取材をしました。丸井系列のファッションビルである渋谷モディに常設店舗があって、あらゆる性自認の方が自分に合ったスーツをオーダーすることができます。店頭には小さな虹色の旗が掲げられており、丸井グループとFABRIC TOKYOの相互作用が素晴らしいと思いました。

 

 

稲葉:既に実現している企業があるのですから、ほかのアパレルブランドも、やろうと思えばできることですよね。

水野:すべてを一気に変えることは難しいかもしれません。でも、例えば就活生向けの靴売り場で、ヒールのついた靴の中に一足でもいいからフラットな靴を置く、モデルの一人がフラットな靴を履くというようなことなら、すぐにできると思うのです。

稲葉:大がかりな変化ではなくても、少し見せ方を変え、「既存の型にとらわれる必要はないですよ」というメッセージを打ち出すことで企業イメージを向上させ、新たなお客さんを呼び込むことも可能ですね。

PRIDE指標(セクシャルマイノリティへの取組みの評価指標)の項目に、「就職活動の際、ジェンダーアイデンティティに合った服装でも減点しない」などの項目を入れてもらうことができるといいかもしれません。

水野:毎年、文科省から専門学校や大学、経団連に向けて、就活ルールの順守について申し入れをしているんです。現状では、ジェンダーアイデンティティや性差別のことが盛り込まれていないので、加えてもらうことを要望するつもりです。 今後は共感してくれる企業と連携し、知名度を上げて、活動の輪を広げていきたいと考えています。趣旨にご賛同いただける方は、ぜひご連絡をいただければと思います。

 

〈サーキュラーHRへのヒント〉 

  • 人材会社が運営する就活サイトでは、就活の服装・マナー指南における男女二元論や性差別的な傾向が顕著である。大手スーツ会社が販売する就活用スーツのラインナップでも、男性と女性が固定されたパターンしか提示されていない。これらの規範が、学生にプレッシャーを与え、大きな苦痛になっている。
  • 「Smash Shukatsu Sexism」では、男女二元論に基づく就活の服装・マナー指南をやめてほしい、中でも性差別的な指南について抗議をするという趣旨で「#就活セクシズム」という署名活動を行っている。
  • 会社として、すぐに大がかりな変化を起こすことは難しくとも、「服装にとらわれる必要はない」というメッセージを打ち出し、多様なニーズに対応することでビジネスチャンスが生まれ、新たな顧客を呼び込むことができる。

 

【プロフィール】

一般市民/#就活セクシズム 署名発起人の一人
水野優望

出生時から現在まで戸籍上女性、社会的にも否応なく女性とみなされ生きる。性自認はFtXという言葉が合っていると感じる。性指向は異性愛者ではなく、「交際している/していない」「恋愛かそれ以外か」という白黒な社会の規範にもはまれない。2012-2013年頃に新卒一括就活に乗ろうと試みるが、男女二元論的、性差別的な服装規範やマナー規範に苦しめられ、断念。精神的に追い詰められて引きこもる。幸いにも健康を取り戻した後、英語教育や舞台業界に携わる。時を経て、自らが苦しんだ社会規範に対して声を上げるための署名活動という手段を知り、2020年終わりに仲間とともに #就活セクシズム 署名運動を立ち上げる。大手スーツ会社や就活ウェブサイト運営会社、出版社、新卒採用を行っているダイバーシティ推進企業への働きかけを実施、現在、文科省に対してもアポイントメントを取ろうと要望中。

 

 

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