ダイバーシティ推進に取り組みたいけれど、何から始めればいいのかわからないーー
企業の担当者の方から、そんな声を聞くことがあります。
サーキュラーHRを運営する株式会社Warisでは、2021年、LGBTQをはじめとする多様な人たちがより働きやすい組織を作るため、就業規則の改定を行いました。
なぜ変えたのか、どうやって変えたのか、プロジェクトにかかわったメンバーが語り合いました。
創業から8年。なぜ、今就業規則を変えるの?
稲葉編集長(てつさん):今日は、就業規則の改定プロジェクトに参加したメンバーが集まって、なぜ今、就業規則を変えることになったのか、何が変わったのかをざっくばらんに話していきたいと思います。最初にこの提案をしたのは、かおりんさんでしたね。
編集部・笠原(かおりん):私は2019年に入社したのですが、そのときから、Warisは多様性の受容度が高い会社だと感じていました。パートナーが女性であることをメンバーにも伝えたのですが、みんなごく自然に、フラットに受け入れてくれて。みんなに伝える前にも、共同代表の河さんが、みんなに伝えていいかどうか、伝えるとしたらどの範囲で伝えるかをきちんと確認してくれたんです。
ただ、就業規則を読んだときに「配偶者」「結婚」などの言葉が出てきて、「これは私とパートナーにも当てはまりますか?」とひとつずつ確認しなければならない状況でした。
Warisは女性向けのサービスを提供してきた会社ですが、今「多様性の再定義」に取り組もうとしています。そんな中で、私自身が残念に思っているポイントがあるということを人事のひろえさんに相談したんです。LGBTQや、ほかの個性を持つ幅広い人たちに配慮した就業規則を実現できたら、Warisとしても、さらに多様性に配慮した会社として成長できるのではないかと思いました。
<Waris社内資料より>
かおりん:ひろえさんは「気づかなくてごめんなさい」「ぜひ、やっていきましょう」とすぐにチームを立ち上げてくれて、あっという間にプロジェクトがスタートしました。
人事・杉山(ひろえさん):Warisはもともと、育児中のお母さんなど、仕事をする上で難しさを抱える人たちが自分らしく働ける社会を作りたいという思いからスタートした会社です。そういった背景もあり、人それぞれの価値観やバックグラウンドにはとても敏感でした。
以前はメンバーも育児中のお母さんが多かったのですが、創業から8年が経ち、事業の広がりとともにメンバーの多様性も増しています。もっと視野を広げていきたいと考えていたタイミングで、かおりんが入社してくれたんです。入社が決まったときには、メンバー全員でダイバーシティ研修も行いました。かおりんが自己開示してくれたおかげで、私たちもLGBTQの人たちについてより深く知ることができたし、身近に感じられるようになったと感じています。
就業規則は、創業当初、育児中のお母さんにとって働きやすい会社にしたいという観点から作ったものだったので、より広い意味でのダイバーシティには対応できていなかったと思います。かおりんが違和感を共有してくれて、初めて気がついたという状況でした。会社として対応しないという選択肢はいっさい考えられなかったので、すぐにリサーチを始めました。
気持ちの上で受け入れることと、制度を整えることは違う
てつ:具体的には、どうやって変えていったんですか?
人事・篠原(しのさん):まずは、ひろえさんと私で手分けをして、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)先進企業の就業規則を調べていきました。その後、国のマニュアルなども参考にしながら、改定するべきポイントを洗い出しました。
てつ:しのさんは、かおりんさんからの提案をどんな思いで受けとめましたか。
しの:ひろえさんからお話があった通り、気持ちとしては完全に受け入れているつもりだったし、偏見もなかったのですが、そのことと、LGBTQの人にとってやさしい制度になっているかどうかは別問題だったと気づきました。
私自身、英語圏ではない国の帰国子女だったり、左利きだったりと、自分のマイノリティ性を意識することが多かったので、かおりんの思いには共感しました。個人的にも、ぜひ実現させたいプロジェクトだと感じましたね。
てつ:Warisでは「Live My Lifeシェア」と言って、それぞれの人生で大切にしていることや、生き方をシェアする場もあり、一人ひとりの価値観、マイノリティ性を大切にする風土があることを感じます。かおりんさん、ここまでの話を聞いていてどうですか?
かおりん:私の存在が、いろいろなところに影響を与えていたんだなと、あらためてびっくりしました! いつもフランクに話しかけてくれるしのさんの根っこには、そんな思いがあったんですね。
就業規則を一言一句、当事者の視点で見直した
てつ:ここからは、具体的に、就業規則のどこをどう変えたのかということを話していきたいと思います。一番気をつかったのはどんな点ですか?
しの:言葉の定義には、特に気をつかいました。たとえば私たちは当たり前に「結婚する」という言葉を使いますが、LGBTQの人にとってそれはどういうことなのか、考えが及んでいなかったことに気づいたんです。就業規則を一字一句「かおりんだったらどう思うんだろう」という視点で全部見直していきました。
<Waris社内資料より>
【Warisの「多様性に配慮した就業規則」主な変更点】
1.履歴書の写真貼付と応募書類への性別判断につながる姓名の「名」の記載を不要に
2.身元保証人の定義に「事実婚および同性パートナー含む」という記述を追加
3.「配偶者」「子」「家族」という言葉を再定義
4.結婚の定義に「(会社が認めた)同性婚および事実婚含む」という記述を追加
5.「女性従業員」という表現を「従業員」に統一
しの:配偶者は「戸籍上の配偶者に限らず、配偶者に相当する事実婚パートナー・同性パートナーを含む」としました。子についても、実子だけでなく、養子縁組関係や、配偶者の子どもを含むという定義にしています。
ひろえ:日本では、法律上、同性どうしの結婚が認められていないので、自治体のパートナーシップ制度を準用するかどうかについても、しのさんと話し合いました。
かおりん:パートナーシップ制度は導入していない自治体もまだまだ多く、全国がカバーされていないので、難しいですね。最終的にWaris社内で同性パートナーを申請する形になりましたが、この形はみんなが申請しやすくていいと思います。
てつ:ディスカッションの中では「パートナーとお別れしたときも会社に報告するのか」というような具体的な議論も出ていて、興味深かったです。今後、さらに多様な家族の形が出てきたときに、すべてをカバーすることは難しいけれど、現時点では最大限の議論ができたのではないかと思います。
新しい就業規則を浸透させるためには、どんな取り組みをしたのでしょうか。
しの:まずは、全社員がリモート参加している定例会議で共有しました。それから、社内イントラネットにも掲載しました。就業規則をじっくり読む人はあまりいないと思うのですが、できればみんなに気軽に目を通してもらい、身近に感じてもらえるといいですね。
ひろえ:社外向けには、HP上に共同経営者からのメッセージも掲載しています。
しの:今後はPRIDE指標(注1)の取得や、外部のアワードへの応募も視野に入れています。
2021年のプライド月間(注2)に、レインボーカラーのグッズを作って社内配布したのですが、いろいろとクリアしないといけない課題があり社外に配布することができませんでした。来年のプライド月間には、D&Iに取り組んでいる会社だということを対外的にもお伝えできるよう、事前に考えて準備をしていきたいですね。
(注1)職場におけるLGBTQなどセクシュアル・マイノリティへの取組みの評価指標。任意団体「work with Pride」が選定する。
(注2)毎年6月はプライド月間とされ、世界各地でLGBTQの権利についての啓発活動やイベントが行われている。
新しい価値観を取り入れることで、組織は強くなる
てつ:6月には、かおりんさんが講師をつとめて社内でLGBTQ研修を行いましたね。
かおりん:研修はオンラインで行ったのですが、私が話している間に、参加者のみんなが、過去にLGBTQの人たちと接したときに感じたことなどをチャットでシェアしてくれたんです。みんな自分のこととして捉えてくれたのがうれしかったですし、研修をやってよかったと感じました。
研修の中では「アライ(ally、注3)になってもらえませんか?」と呼びかけました。周りにいるLGBTQの姿が見えにくいのと同様、アライの存在も見えにくいのです。研修の後、共同代表の河さんが、Twitterの名前のところにさっそく「LGBTsアライ」と載せてくれて、とてもうれしかったです。
(注3)LGBTQを理解し、共感して支援する人。
ひろえ:かおりんが研修をしてくれたことで、メンバーにとっても「多様な人たちを受け入れたい」という意志を確認するいいきっかけになりました。最近はWarisにも、男性や海外に住んでいる方、新卒のメンバーなど、多様な人材がジョインしてくれているところです。人間なので、今までと違うことへの戸惑いも当然起こってくるのですが、新しい価値観を取り入れることで、組織はより強くなっていけるとひしひし感じています。
しの:新しい風が吹き始めていることは、私も感じています。最近採用した男性の方とは私がカジュアル面談をしたのですが、第一印象がとてもよかったんですね。でも、Warisには子育て中のお母さんが多いからだめかなあ…と思いながら話したら、みんな首がもげるほどうなずきながら聞いてくれて。共同代表の3人も、ひろえさんも本気なんだと感じましたし、Warisはこれからどんどんおもしろくなっていくんだろうなとワクワクしました。胸を張って「多様性を推進している会社です」と言えるように、社内の制度をさらに整えていきたいですね。
ひろえ:組織って、同じ価値観や境遇の人が一緒にいると心地いいんですよね。同一性から脱皮しようとすると葛藤も大きくなりますが、Waris自身が多様な人が活躍する組織になれば、クライアント企業に対しても、自信を持って多様な人材をご紹介できるのではないかと思っています。
かおりん:Warisって本当にいろんな個性を持ったおもしろい方がたくさんいるんですよね。LGBTQも、そんな個性のひとつだと思うんです。
当事者の視点で言うと、就業規則を変える以前には、たとえば「万が一パートナーに何かあったら忌引をとれるのか」とか、内心モヤモヤしていることがいくつかありました。そんなふうに困っていることを自然に言い合える環境が、社会全体に広がっていくといいですよね。マイノリティであるというだけで活躍できない人たちが、環境さえ整えれば力を発揮できるようになるので、メリットは大きいと思います。人材紹介を行うWarisのような会社がD&Iにチャレンジすることは大切ですし、私自身も、人材業界を変えるつもりで取り組んでいきたいです。
<サーキュラーHRへのヒント>
- Warisでは、LGBTQをはじめとする多様な人たちがより働きやすい組織を作るため、就業規則の改定を行った。
- 組織のメンバーが「気持ちとして」マイノリティの存在を受け入れていることと、実際にマイノリティが使いやすい制度になっているかどうかは別の問題である。
- 就業規則を改定するプロセスでは、当事者の視点から就業規則を一言一句見直し、「配偶者」や「家族」という言葉を再定義。性別を表す言葉を極力減らした。
- 新しい価値観を取り入れるときには抵抗感も出るが、結果として組織は強くなる。
- マイノリティが活躍できる環境を整えることは、企業経営にとってもメリットが大きい。
【プロフィール】
株式会社Waris リクルーティングコンサルタント/サーキュラーHR編集長
稲葉哲治
開成、東京大学から一転、中退して社会的ひきこもりを経験。当事者性を活かしてセゾングループ人材会社にてNPO協働事業等を担当後、日立グループにて新規事業、若者キャリア支援会社起業、人事、人材コンサルタントを経て、日本最大の人事・HRメディアにて人事コミュニティ運営等に従事。現在は㈱Warisコンサルタントの他、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するNPO法人GEWEL理事、ワールドカフェ・OSTファシリテーターとして活動中。
エシカルを軸にソーシャルセクターでも活動し、フィリピン少数民族と作るブランド「EDAYA」やセレクトショップ「エシカルペイフォワード」、「エシカル男子の会」、参加型社会投資イベント「SOIF」などで人と社会の関わり方の変革を行う他、ソーシャルビジネスのハンズオンインキュベーションも実施。TEDxSaku登壇「ハイブリッドキャリアのすすめ」。
株式会社Waris リクルーティングコンサルタント/サーキュラーHR編集部
笠原香織
1987年生まれ。2011年に東京農工大学農学部卒業後、IT×太陽光発電領域のベンチャー企業にて法人営業を経験。その後、研修会社、EAP、株式会社Warisと人材業界3社を経験。
法人営業として、企業内人材育成・メンタルヘルス・採用・ダイバーシティ推進などのテーマで企業支援を行う。
株式会社Waris ディレクター
杉山洋江
関西学院大学卒業後、新卒で総合商社に入社。人事採用、人材開発、部門担当人事、リストラ、会社統合人事などを経験するなかで経営戦略と人事・組織のあり方に興味関心をもつ。その後、外資系トータルヘルスケアカンパニーに転職し、人事企画担当として、人事制度企画、C&B、M&A、Diversity施策などを担当。結婚、出産、復職、第2子出産を経てその後Warisにジョイン。Warisでは、創業期メンバーの一人として、会社立ち上げや組織拡大に関わる採用・人事制度企画・組織運営など全般を担当。専門性を活かし、顧客への人事組織分析コンサルティングなども提供。
株式会社Waris
篠原未来
上智大学卒業後、新卒で総合商社に入社。営業部の予算取り纏め業務を経てその後は海外向け機械営業を担当。後に配偶者の転勤に帯同し育児の傍らリモートでニュース翻訳の仕事に従事。第3子出産後、Warisにジョイン。Warisでは、新卒・既卒・インターン採用の面接日程調整、募集媒体選定、応募管理等の採用全般と、入社手続・受け入れ、新入社員研修・中途入社研修の企画、給与計算、賞与計算、年末調整等の労務全般、またオフィス管理等の庶務全般も担当。
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