2021年6月、育児・介護休業法の改正法が改正され、男性の育休取得に注目が集まっています。とは言うものの、日本では、まだまだ「制度はあっても男性が育休をとるのは現実的に難しい」「育休をとれてもせいぜい数日」という企業が多いようです。
男性が育休を取得する上で何が障壁になっているのか、実際に育休をとれるようにするためには何から始めればいいのか。夫婦で育休をとる「ペア休」を提唱しているキャリアコンサルタント、境野今日子さんにお話を聞きました。
育休をとりたい男性を支援する「ペア休」プロジェクト
稲葉編集長:まずは、境野さんの現在の活動について教えてください。
境野今日子さん(以下、敬称略):キャリアコンサルタントの国家資格を生かしながら、パラレルワーカーとして複数のプロジェクトにかかわっています。発達障がいを持つ、小さな子どもから社会人の方々の学習・就労支援を行うNPO法人での活動や、職場内での差別をなくすための一般社団法人での活動、そして「ペア休」のプロジェクトです。
<「ペア休」Webサイトより>
稲葉:ペア休とはどんなプロジェクトなのですか。
境野:夫婦で育休をとり、夫婦で育児をするという当たり前のことを、当たり前にできる社会にしたいという想いから生まれたプロジェクトです。男性育休について、強い課題や関心を持つ有志のメンバーが全国から集まって、育休を取得したい男性、そしてそのパートナーを支援するための動画を作りました。企業の研修や、大学のゼミの題材にも使ってもらっています。
稲葉:動画では、育休をとりたいと考えていた男性が、上司の無理解によってあきらめる場面も紹介されています。境野さん自身の経験が、ペア休の活動のきっかけになっているそうですね。
境野:昨年出産し、コロナ禍で実家を頼ることができなかったこともあり、夫が育休をとって、出産直後から自宅で、夫婦で育児をしようと考えました。夫が会社に育休を申請したのですが、当初、会社が育休を承認してくれなかったのです。「嫁の母親が仕事をやめて育児を手伝えばいい」と言われたり、育児との両立が難しい、ハードな部署への異動をほのめかされたりしました。労働基準監督署やユニオンにも相談し、最終的には育休をとることができましたが、「男性は仕事、女性は家事育児」という思い込みが想像以上に根深いことを強く感じました。育休をとりたいと考えている男性は多いのに、とれない「圧力」や「空気」があるのですね。
40代、50代の理解者が声を上げる
稲葉:現状を変えるには、どうすればいいのでしょうか。
境野:2021年の1月に、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の新春スペシャルが放送されて話題になりました。ドラマの中で、夫の平匡さんが育休をとろうとして上司が難色を示す場面があったんです。プロジェクトのメンバー数人は、上司の前で平匡さんの育休を応援する発言をして、男性の育休に賛成する意思を、上司に面と向かって表示していました。これはいいやり方だなと思います。
「男性育休賛成」という人は案外多いのですが、育休を拒否されて困っている男性本人に「応援してるよ」「がんばれよ」と言っても現状は変わらない。ぜひ、反対している上司に伝わるように言ってほしいですね。
稲葉:LGBTQにおける「アライ(ally、理解者・支援者)」のようなイメージですね。育休をとる本人が孤立しないよう、陰ながら応援するのではなくて、できる範囲で表立った行動をしていく。
境野:小さなことでいいんです。たとえば喫煙所などみんなが集まる場所で「育児ってさ~、産後から一人なんて絶対無理だと思うわ」と、雑談風に、周囲に聞こえるように話すとか。あとは、「育休の間、あの業務は代わりにやっておくよ!」と、反対する上司に聞こえるように、困っている本人に声をかけるとかですね。反対派の上司と同期の人であれば、気軽に「おい。知ってた?育休拒否って違法らしいぞ。」と直接本人に言っていただきたいですね。この、個々のちょっとしたアクションの積み重ねが大きな力になります。
稲葉:企業内でマジョリティである40代、50代の理解者が声を上げられるかどうかはとても大切ですね。自分たちが経験してきた苦労を、下の世代に引き継がない。
境野:「代わりの人材がいない」ことを理由に育休に難色を示す人がいます。でも、日本企業では、引っ越しが必要な人事異動でも、その辞令が異動のたった2週間前に出たりしますよね。社員が大慌てでマニュアルを作ったり、関係者に挨拶をしたりして、急に担当者が変わったりいなくなったりしても、なんとか業務が回っています。そう考えると、育休は何ヵ月も前からわかっているわけですから、準備ができるはずなんです。
育休は法律で定められているので、会社の就業規則に規定があるかどうかにかかわらず、本来は取得する権利があります。拒否は違法だということは人事部が認識しているはずなので、上司が拒否しているところには間に入ってしっかり対応してほしいですね。
稲葉:たとえ現場の管理職が拒否しようとしても、人事部がチェック機関として社員の権利を守ることは本当に重要だと思います。
自由な働き方が「特権を持つ人の遊び」になっている
稲葉:私たちは、サーキュラーHRというプロジェクトを通じて、人という「資源」を無駄づかいしない、経験を積み価値を高めながら何度でもチャレンジできる社会の実現を目指しています。境野さんご自身は、今、どんな働き方が理想だと感じていますか。
境野:私は、週5日同じ席について、同じメンバーとフルタイムで働くのはちょっとつらいですね。毎日同じ空間で働いていると、お互いに相手の気になる癖を意識したり、プライベートまで知りすぎてしまったり、疲れてしまう気がして。個人的には、人と程よい距離感を保って尊重し合いながら、複数の場所で仕事していくのが性に合っていると感じます。いろいろな人に出会って視野を広げ、学んだことをまた活動に生かしていきたいですね。
稲葉:まさに会社に縛られない働き方ですね。
境野:ただ、「会社に縛られない働き方」にはリスクがあるという視点も忘れてはいけないと思います。コロナ禍で、非正規雇用の人たちは、仕事が減って給与がカットされたり、職を失ったりしています。今の日本では、非正規雇用の人たちが守られていないのが現状です。多様な働き方をする人たちを守るための仕組みは、まだ整っていません。その点を無視して、自由な働き方の長所ばかりを強調するのは、私は賛成できません。セーフティネットという意味では、正社員として働くほうが安心です。リスクをとって自由な働き方を選べるのは、生まれ持った経済力や、学歴や経歴、人脈などに恵まれた「強者」なのかもしれません。
稲葉:おっしゃる通り、自由な働き方が「特権を持つ人のおしゃれな遊び」になっている部分はあると思います。「みんな自由な働き方を選べばいい」というのは強者の論理で、自分とは違う価値観の中で生きている人への想像力や、共感を持つことが不可欠ですね。
ハラスメントの根底にある意識を変えていく
稲葉:境野さんは、就活生へのセクハラやジェンダーバイアスの問題についても、積極的に発信されています。
境野:組織戦略としての人事について語る人は多いですが、人材業界でも、働く個人の権利を守り、差別をなくすことについて声を上げる人は本当に少ないです。
女性のキャリア支援ひとつとっても、実際に存在する差別の実態を知らなければ、実効性のある支援はできないと思います。家事や育児を丸投げされた状態で女性がキャリア構築することが当たり前になると、永遠に負の連鎖が続いてしまいます。どこかで根本的な問題に切り込んで断ち切らないと。
稲葉:サステナビリティ(持続可能性)を語りながら、男女の格差やジェンダーバイアスについて無自覚な人もたくさんいますからね。
境野:私自身、日系の大手企業に勤めていたときにはセクハラの被害にあいました。日常的に体を触られたり、性的な動画を見せられたりしたんです。私はうつになって転職したのですが、その職場では過去にも女性社員がセクハラによってうつになったり、退職したりしていたようです。セクハラに耐えた女性はガッツがあるという美談になってしまっていて、誰も加害意識がないのです。
稲葉:なぜハラスメントがなくならないのでしょうか。
境野:加害者はハラスメントをコミュニケーションの一環だと考えていて、女性が本当に嫌がっている、「性暴力」なのだということを理解していないのだと思います。テレビ番組の性的な描写や、最近ではインターネット上にあふれている性的な動画の影響も大きいのではないでしょうか。女性の側も、場の空気を壊さないために本音が言えないのだと思います。
稲葉:私は幼稚園のとき、友達の女の子がほかの男の子にスカートをめくられる場面に遭遇して、けんかして止めた記憶があります。被害者だけに負担を強いるのではなく、周りが毅然とした態度で加害者に接することも大切ですね。ハラスメントにせよ男性育休にせよ、「空気」を変えるためには周囲のサポートが欠かせないのだと思います。
<サーキュラーHRへのヒント>
- 「ペア休」プロジェクトは、夫婦で育休をとり、夫婦で育児をすることをもっと当たり前にしたいという想いから生まれた。
- 男性の育休取得を推進するためには、40代、50代の理解者が声を上げ、反対している上司にそれとなく伝えるなど周りのサポートが重要。
- 日本では、非正規雇用の人たちが守られていないという現実があり、「会社に縛られない働き方」が自由だけではなくリスクをともなうという視点を忘れてはいけない。
- セクシャルハラスメントは性暴力であり、被害者だけに負担を強いるのではなく、周りが毅然とした態度で加害者に接することも大切である。
【プロフィール】
キャリアコンサルタント
境野今日子
1992年生まれ。中央大学卒。新卒でNTT東日本に入社し法人営業を担当。帝人へ転職後は採用担当を経験し、在籍中に国家資格キャリアコンサルタントを取得。その後、パラレルワーカーとして、複数のベンチャー企業で人事や就活生支援、ライター業に取り組む。出産に伴う休暇期間を経て、現在は、障がい者の学習・就労支援や企業の差別問題に取り組む。「ペア休」プロジェクト発起人。
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