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生涯学び続けることで、個人の才能が花開く
~法政大学大学院・石山恒貴教授×サーキュラーHR・稲葉編集長対談

2020年5月8日

日本のパラレルキャリア研究の第一人者である、法政大学大学院の石山恒貴教授。ご自身も、一般企業で人事労務の実務に携わった経験をお持ちです。ミドルシニアの働き方から、人生100年時代の学び直しまで、サーキュラーHR編集長の稲葉哲治と縦横無尽に語り合いました。

※インタビューは3月下旬に収録しました。ソーシャルディスタンスに十分配慮して取材を行っています。

人生100年時代に欠かせない「生涯学び続ける力」

稲葉編集長(以下、敬称略):新型コロナウイルスの影響により、HRの現場にもさまざまな影響が出ています。企業と個人の関係、そして働き方の未来がどう変わっていくのか、今日はさまざまな角度からお話を伺えればと思います。よろしくお願いします。

石山恒貴教授(以下、敬称略):よろしくお願いします。

稲葉:採用面接を、急きょオンラインで実施することになった企業もあるようです。ある企業の担当者は、「自撮り」の技術などでもコミュニケーションに大きな差がつくと言っていました。

石山:これまで経験したことのない事態が起こったときに、正解がないからどうすればいいのかわからないと思うか、困難な時期だからこそ新しいことをやろうと考えるのか。例えばオンライン面接なら、決まったやり方がないわけですから、「うちの会社が積極的に取り組んでノウハウを広めよう」というくらいのつもりで挑戦するといいのではないでしょうか。当然失敗も、試行錯誤もあると思いますが、むしろそれが未来につながるはずです。

稲葉:そうなんですよね。芸能事務所のように「どんな形でもいいから自己PRを送ってください」というようなやり方も、ひとつの方法かもしれないですし。

石山:人材採用を考えるときに、「タレント(才能)」をどう考えるかというのもひとつのポイントだと思います。「タレントマネジメント」といったりしますが、そもそもタレントという言葉の定義にも、議論がたくさんあります。一番の議論は、そもそもタレントとは持って生まれてくるものなのか、それとも努力して身につけるものなのかということです。タレントの語源は、実は「タラント」という通貨なんです。

これは新約聖書に登場する寓話なのですが、ある人が3人の従僕に、それぞれ5タラント、2タラント、1タラントを預けて旅に出ました。5タラントと2タラントを預かった人は、リスクをとって商売をおこし、お金を増やしました。しかし1タラントを預かった人は、土の中に隠して保存していました。それを聞いて、土の中に隠してお金を増やさなかった従僕に対し、お金を預けた主人は烈火のごとく怒ったというんですね。

これをマルティン・ルターが解釈して、「天からもらったタラントは努力して増やさなければならない」と言いました。つまり、天賦の才能はそのまま埋もれさせてはいけない、努力して伸ばす人がタレントだという意味です。

これはなかなか含蓄が深い話で、経済産業省も人生100年時代の「社会人基礎力」について、生涯にわたって学び続けることが大切だと言っているんです。会社でいうと、個人の学びをサポートし、タレント(才能)を伸ばし続ける役割を担うのが人事部だと思います。

特定の世代を排除しても社会は変わらない

稲葉:会社が仕組みを整えることで成長する人がいる一方で、伸び悩んでしまう人もいます。会社だけでなく個人も努力をする必要があると思うのですが、そのモチベーションを掘り起こすにはどうすればいいのでしょうか?

石山:僕は基本的に、人間は「生まれながらの学習者」だと考えています。新しいことを学ぶと、それが内発的動機付けになってやる気が燃え上がってくる。本来、放っておいても学ぶ存在が人間だと思うんです。それがなぜ社会人になって学ばなくなるかというと、一番大きな要因はパターン化された会社の人事ではないでしょうか。社員を信じて仕事を任せれば、自律的に考えるようになるはずなのですが、「会社の言う通りにしなさい」と言い続けるから、みんな学ばなくなるのだと思います。

稲葉:学び直しというよりも、学ぶ楽しさをもう一度思い出してもらう仕掛けが必要ということでしょうか。

石山:そうですね。例えばアウトドア製品メーカーのパタゴニアには、社員が毎日、階段を一段飛ばしで会社に来たくなるくらいワクワクしてほしいという思いから、「いつでもサーフィンに行っていい」というルールがあることが知られています。いい波が来たときにサーフィンができるよう、フレックスタイム制を導入しているのです。そこで「制度を悪用する人がいるかもしれないから厳密に管理しましょう」と言ってしまうと、社員は自分で考えることをやめてしまい、学ばなくなるのではないでしょうか。

稲葉:最近、ミドルシニアの働き方の問題が各所で取りざたされています。

石山:ある特定の世代だけを問題にする、揶揄することを、この世界からなくしたいなと思っているんです。日本は年齢差別や男女差別など、目に見える属性で差別する傾向が強い国ですよね。「ゆとり世代」「ミレニアル世代」などとひとくくりにされていますが、実は非常に個人差が大きいものです。世代の影響がまったくないわけではないですが、ミドルシニアを揶揄するようなレッテルを貼ることで、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み、偏見)が生まれてしまいます。

また、日本企業の年功序列、役職定年、60歳で定年再雇用という構造が、モチベーションダウンにつながってしまうという要因があると思います。企業が定年後、再雇用されたミドルシニアに何を求めるかをテーマにした研究があるのですが、大企業ほど、第一線での活躍ではなく、若手に継承する能力を期待することがわかっています。そうすると、定年を間近にした人は、学ぶ動機が低下してしまうんですね。

人間の知能には、経験や学習により獲得していく「結晶性知能」と、新しい環境に適応するために必要な「流動性知能」があります。このうち結晶性知能は、年齢を重ねても下降がゆるやかで、好奇心がある人は特に落ちにくいとされています。「自分はこれで終わり」と思ってアドバイスをする側に回ってしまえばそれ以上伸びないですし、まだまだ新しいことを学びたいと思って一生学び続ければ、どんどん伸びていくんです。

稲葉:個人差がすごく大きいですよね。

石山:私は今55歳で、まさにミドルシニア世代なのですが、入社した時には「新人類」と呼ばれていたんですね。残業しなさいと言っても、断ってデートに行ってしまう。あの人たちは価値観が違うから理解できないと言われていたんですが、この年齢になると、今度は経営者と若手を分断する存在だから早く引退してほしいと批判される場合がある。そういうことは、ずっと昔から言われ続けてきたのだと思います。

稲葉:1990年代後半~2000年生まれの「Z世代」は、自分が社会的意義を感じることに働く価値を見出す人たちです。その上の、ミドルマネジメント世代やミレニアル世代は、上から下へという一方向的なコミュニケーションを続けてきて、断ち切ることができなかった。そこにずれが生まれているんですね。

石山:そうなんですよね。だから、どこかで断ち切らないと。これは世代の問題というより、日本の企業文化の問題だと思います。働く価値というものを重視せず、集団の維持が大事だから上司に言われた通りにやりなさいと言ってきた文化を壊さないといけない。ミドルシニア世代を排除すればなくなるというものではないと思います。

稲葉:世代に関係なく、どこかで大きく舵を切れば、みんなで変わっていけるということですよね。

資本主義経済を改革する新たな経済モデルとは?

稲葉:「サーキュラーHR」という私たちのプロジェクトも、実はそんな大きな枠組みの変化につなげられるのではないかと考えています。ヨーロッパからスタートしたサーキュラーエコノミーの考え方を人的資源に応用して、「人材ロスゼロ」を目指そうという考え方です。

石山:最近、日本でも、パタゴニアのようにワーケーションの考え方を実践する会社が出てきました。そういった会社に共通しているのは、SDGsの概念が入ってくる以前から、地球環境や持続可能性を意識し続けてきた会社だということです。

今回のコロナウイルスの世界的流行は、大きな試練であり、私たちにとっては苦しい状況が生じています。しかし、これを乗り越えた時には、結果として利益第一主義の価値観を打ち砕くことになるのではないかと考えています。1980年代は日本型経営の時代でした。その方法にもメリットはありましたが、同調圧力があり個人の創造性を尊重する側面は弱かったのではないでしょうか。次にやってきたものが、90年代からのアングロサクソンモデルの時代。短期的に株主利益を最大化する仕組みで、実際にうまくいったのですが、リーマンショックでその限界が露呈しました。結果として、アメリカなど、アングロサクソンモデルの国では修正できないほど格差が開いてしまいました。今後はおそらく、利益第一主義とは違う、例えばサーキュラーエコノミーのように持続可能性がある新たなモデルが求められていくのだろうと思います。

稲葉:資本主義や、所有に基づいて経済を動かしていくやり方は、通用しなくなるかもしれません。シェアリングエコノミーや共有、「公有」のモデルになっていく可能性もありますね。

そのような社会になったときに、ポイントになるのは、個人の「自律的キャリア形成」だと思っています。パタゴニアの創設者イヴォン・シュイナード氏が「課題があるときに、その課題をそのままにすればあなたも課題の一部になる。でも、行動すればあなたは解決の一部になる」という意味のことを言っているのですが、自分がその社会の中で何ができるかを考えることが、人的資源を最大限に活かすことにつながると思っています。

石山:仰る通り、人は何かの課題を解決したいと思って行動することで成功体験を得て、生きている意味を感じられることがあります。高度経済成長期の日本企業では、会社の存在意義と、個人が仕事をする意味が一致していたのではないでしょうか。でも、こういう時代になってくると、解決したい課題も人それぞれ、ばらばらです。大きな物語が解体されて、個人の小さな物語で意味づけられている。ただ、それは個人が無限に孤独になるということではなく、小さな物語でも、他者とつながることはできると思うんです。会社のビジョンと個人のビジョンが完全に一致しなくても、ある程度重なる部分があればそこにいればいいですし、重ならなければ別の会社に行ってもいい。人事部は、個人をそれぞれ「タレント」として見ることが必要なのではないでしょうか。

人事部が個人の才能を花開かせる役割を担う

稲葉:人事部は、今後「翻訳家」のような機能を果たすようになるのではないかと思っています。個人のやりたいことと、企業が実現したいことをそれぞれ翻訳して、「実はつなげられますよ」と教えてあげる役割ですね。

石山:これからの時代、会社のビジョンと個人のビジョンが完全に一致したら、逆に気持ち悪いです。以前は「全体のために個人が犠牲になる」というと美談でしたが、本人の意に添わない形で、同調圧力によって個人が犠牲になる時代は終わったと思います。人事部は、会社と個人のビジョンがどの程度一致するかを見極めて契約を取り持つ存在になるといいのではないでしょうか。

稲葉:ただ、人事部が個人のタレントを見るという方向に変わっていくことは、なかなか大変だと思います。例えば現場のマネージャーが1on1の中で個人と向き合っていく方法もありますが、相手を見ながら進めないと逆効果になってしまいますよね。

石山:やり方を間違えると「上司の説教時間が増えた」ということになりかねませんからね。とはいえ、個々のタレントを見る上で、マネージャーの存在はやはり欠かせません。人事部が「上司も含め一緒に考えよう」という方向に会社全体をとりまとめ、個人の才能を最大限に発揮できる仕組みをつくれるかどうかだと思います。

社員が自律的にキャリア形成をした方がいいと心から信じている人事担当者は、経営者を説得してでも制度を変えようとするでしょう。現場の意見を聞けば、当然経営者との板挟みになることもあります。

稲葉:非常に高いコミュニケーション力が求められる役割ですよね。

石山:自分なりの価値観を持っていて、「いざとなったら会社を辞めてもいい」というくらいに肝が据わっていないとつとまらない仕事だと思います。そしてこれからは、個人の才能を花開かせる上で、人事部が一番大切な部署になっていくのではないでしょうか。

編集部:最後に、経済システムが大きく変化しようとしている今、働く個人へのアドバイスはありますか?

石山:江戸時代の儒学者、佐藤一斎という人がこんなことを言っています。

少にして学べば、則ち壮にして為すことあり。
壮にして学べば、則ち老いて衰えず。
老いて学べば、則ち死して朽ちず。

『言志四録(4) 言志耋録 (講談社学術文庫)』より

学びとは、具体的な利益のためだけにやるものではないと思うんです。年齢にかかわらず、学ぶこと自体を目的にしていくのがいいと思います。やはり最終的には、新しいことに好奇心を持って「面白いな」と感じて学び続けられるかどうかではないでしょうか。

稲葉:今日は興味深いお話、ありがとうございました。

<サーキュラーHRへのヒント>

  • 人生100年時代には、生涯にわたり好奇心を持って学び続けることが大切。
  • 結晶性知能は、年齢を重ねても下降がゆるやかで、好奇心がある人は落ちにくい。新しいことを学びたいと思って一生学び続ければ、どんどん伸びていく。
  • 「働かないおじさん」問題を解決するには、会社の言いなりになることを求めてきた日本の企業文化を打ち壊す必要がある。
  • これからの人事部は、会社と個人のビジョンがどの程度一致するかを見極めて契約を取り持つ「翻訳家」のような機能を果たすようになる。

【プロフィール】

法政大学大学院 石山恒貴教授
法政大学大学院政策創造研究科 教授。一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、日本電気(NEC)、GE(ゼネラルエレクトリック)、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社執行役員人事総務部長を経て、現職。
 

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